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人生とは。。。三十路なりたて編 No.8


その後、医師はとにかく原因が何かを把握するために様々な検査をおこないました。
摂取できるもの(血液、唾液等等)はすべて摂取しました。
その中でも口腔内の肉片をとって検査するということをしたのですが、これは麻酔はするものの結構痛かったです。
と、3日後くらいでしょうか、医師が「もしかしたらカビが原因ではないか?」と考えたらしくそれからカビに効果的な抗生剤の投与が始まりました。


1日目、特に変化はみられなかったですがそれからなんと、日々壊死の進行度合いの速度が下がり1週間くらいすると壊死進行が止まりました。
医師からも「取りあえずは安心して下さい」と言われ安堵しましたが、顔の歪みはまだそのままだったのと、ほとんど会話ができないという状態で当時営業職に従事していた私としては社会復帰が心配になりました。
まぁ、死の可能性を告げられたことを思えば心配要素としては恵まれているのかもしれませんが生活ということを考えると結構こちらの方が不安度が高まりました。


それからそうこうしている3日後くらいでしょうか、顔の歪みが正常にもどってきたのですが今度は口がほとんど開かないという状態になってきてしまったのです。
急激な変化で顎のあたりの筋肉が硬直状態になったようです。
また、このころになると熱は以前ほど高くはないのですがまだ37.5度前後の状態が続いていて平熱が35.5度ない僕には相変わらずだるい状態でした。


でも、喉近辺の痛みはだいぶ軽減され、しばらくすると麻酔なしで水が飲めるようになりました。
この時、初めて感じたのですがエビアンを飲んだらめちゃくちゃしょっぱかったのを覚えています。
恐らく、久しぶりに麻酔無しで物を口にしてエビアンに含まれるマグネシウムか何かわかりませんが微量の塩分要素を含むものに過剰反応したのでしょうか。
人間とは、状況によって感覚や感性が研ぎ澄まされるものだという事を感じました。


そして更にそれから3日もすると流動食が食べられるようになり10日後くらいからは、小さく刻んだおかずとお粥程度の食事ができるようになりました。
なぜ?小さく刻んだおかずかというと、この頃口が2cm少々しか開かず小さく刻まないと食べれない状態だったんですが、更に5日もたつとお粥から少々やわらかめの御飯が食べれるようになってきました。


医師もこの時には、ある程度好きなものを食べても大丈夫とのことを言っていただき見舞いに来てくれていた母が、僕の好物のうなぎの蒲焼を買ってきてくれたのですが、それをゆっくりとではありましたが食べた時の旨いこと!!
この時に生きれた事に対してのうれしさとありがたさが混在して、母をにじんで見ながらうなぎを食べていました。。。


今、思うのですがそれからもそうですがこれからもあんなに旨いと思って物を口にすることは、もうないだろうなぁー と思うくらい旨かったです。


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