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人生とは。。。三十路中盤へ編 No.16

時は流れて、2001年9月11日夜。
2日前の9月9日に私は、私が最も尊敬し憧れる坂本龍馬が亡くなった(暗殺された)歳と同じ33歳になっていました。
※ちなみに龍馬の命日は11月15日で、誕生日でもあります。んー、感慨深い。。。


誕生日から3日間生死についてなんとなく考えていたところ22:00くらいに帰宅をして、テレビをつけるとものすごい光景を目の当たりにしたのです。


そうです、9.11 アメリカ同時多発テロ事件です。


はじめは、映画でもやっているのかと思いましたがチャンネルを変えても変えても同じ映像が報道されているので、これはすごい事件だと かじりついてテレビを見入っていました。
最初は、みなさんもまだ記憶にあると思いますが世界貿易センタービルへ飛行機が衝突する上空からの映像がほとんどだったのですが、時間の経過ごとに映像が街並みや人にクローズアップされてきました。


その様子たるやは、みなさんも充分に想像できるかと思いますので割愛しますが、凄まじい光景をブラウン管というフィルターを通してではありますが、リアルに人の生き死にを目の当たりにし私はあることを確信しました。


”本当に自分もいつ死ぬかわからない、万物は人生は生命は有限だ。
2年前に生き死ににかかわる入院をし、運良く生きれた自分もいつかは死ぬ。。。” と


そんなことを考えていると、ふと退院後に思った


「人にはそれぞれ持って生まれた宿命運命がある。
生きているということは、世の中の何かに必要とされ、何かをするため・残すために生かされている。
俺も何かをするため・残すために生かされている。
何かしよう!いや、しなければ!そう何が何でも!」 (人生とは。。。三十路なりたて編 No.10)


という気持ちがメラメラと湧き上がってきて、


”死というものを茫洋とさせていてはいけない!では、自分はいつ死ぬのか?
そんなことは誰にもわからない。。。けど、明確にしたい!どうにか自分が納得できる何かはないものか。。。”


すると、自分の人生を振り返って誕生から考えると10年良くて10年良くない、次に5年良くて5年良くない、次に2.5年良くて2.5年良くない、次に1.75年良くて1.75年良くない、、、
と、いうような人生サイクルのように思えてきたのです。
そして、当時33歳の私がこのサイクルを続けていくと限りなく0に近づく歳が42歳だったのです。


42歳、そう男の厄年、本厄です。
その瞬間、妙に納得して思いました。


”自分が死ぬ歳は42歳にしよう。とすると、自分の人生はあと9年。のほほ〜ん とは生きてられない!
やりたい事を精一杯やろう!後悔したり、思い残す事の無い人生をおくろう!”


9月12日明け方。徹夜して見ていたテレビを止めベランダにでると真っ赤な太陽が目の前にありました。
私は、無性に走りたくなりジャージに着替え近所の隅田公園を走り回っていました。


ちなみに以前この話をある友人に話したら


「多少、自虐的発想じゃない?」


と、言われました。


でも、先ほどのサイクルには”希望”があって、そのサイクルを続けても限りなく0には近づくものの永遠に0にはならないのです。
これ、私にとっては涙がでるくらいにとてつもないことを発見したような気分でした。


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2007年3月 9日 14:09に投稿されたエントリーのページです。

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