養老孟司先生のことを初めて知ったのは今から約17年前、私が22歳の頃だ。
その当時、私が熱中して読んでいた島田雅彦さんの作品の中に、「養老孟司」
という人物の名前がポツリっと出てきた。
変わった名前の人がいるなー?
これが養老先生との出会いだった。
文章を読む限りだったが、その当時から解剖学界では有名な方のようだった。

今講演を依頼させていただくようになって、世の中の巡り会わせだとか、縁だとか、
そういうことをふとっ考えさせられてしまう・・・。
さて、本題の養老先生から学んだことだが、大きく分けて3つある
一つ目、「人間の本質論」
養老先生の講演の付き添いで新潟に行った時、空き時間があったので、
いろいろと質問をさせていただいた。
所詮人間は飢餓状態になれば、人の肉を食う生き物だ。
その命題に対して養老先生は、
飢餓状態を作る国の指導者だとか、国のトップだとかが悪いわけで、人間は所詮・・・
という命題自体が可笑しいんだ・・・、と笑みを浮かべながら応えられた。
人間の本質を突きすぎてしまいがちな私にとって、この応えはものすごく、
新しい次元だった。
若いうちはなかなか「中庸」になれないからな、また笑みを浮かべながら私に、
そう応えられた。
二つ目は、「スプーン曲げと脳の関係について」
スプーン曲げに限らず、超常現象と脳の関係について、
一度は養老先生に投げてみたかった命題である。
この命題に対する養老先生の応え、
少しの沈黙の後、また笑みを浮かべながら、
曲がったから何なんだ・・・、っていうことじゃないの、
脳との関係は一切応えられずに、そう囁かれた。
これは私の解釈だが、
スプーンが曲がるという現象を特別扱いしない方がいい、
という先生のメーセージだと解釈をしている。
特別扱いをすると、曲げることのできる人を、曲げることに憧れてしまう人を、
不幸にしてしまうことが多い・・・。
現実乖離、逃避、の世界だ。
考えさせられる。
三つ目は、 「本当に良いものは世に出てしまう」
これは養老先生を見ていて私が感じたことなのだが、
養老先生は17年以上も前から、すでに認められていた存在だからこそ、
あるきっかけ(著書「バカの壁」)で一躍全国的に有名になられたのだ。
成功は無理にさせるものではなく、世に必要だから、結果成功をする。
そんなことを先生から感じさせられた。
☆上記写真ですが、島田雅彦さんが養老先生との会話を核に書かれた小説、
「ある解剖学者の話」他3編が収められた作品、ドンナ・アンナの表紙