GW中に城山三郎さんの、「そうか、もう君はいないのか」を読みました。
知人に強く薦められてのことです。

実は、作家城山三郎さんとの出会いは、戦争回避に努めながらも、東京裁判で
A級戦犯となった、広田弘毅元総理の生涯を描いた「落日燃ゆ」でした。
この作品でとても強く城山三郎さんに興味を持ち、直木賞受賞作の「総会屋錦城」、
出世作の「輸出」なども読んでみました。
どの作品も、世間が経済小説家として高く評価していることが素直にうなずける
素晴らしい内容でした。
そういった経緯の出会いでもあったため、正直なところ亡くなられた奥様とのことを
書かれた今回の回想記は、経済小説とはかなりかけ離れていることが予想できたため、
興味半分といった程度で読み始めました。
ところが・・・
小説をはじめ、素晴らしい作品を生み出すために、人間は多面的でなければ
ならないように思います。
生真面目一本やりの人間だからといって、世間から高く評価される堅い作品を
作り上げることはできないと思いますし、不真面目だけの人間が世間から高い評価
を受ける、非現実的な作品を作り上げることができるわけではないと思うのです。
今回触れた城山さんの回想記には、何度も胸が締め付けれ、何度も涙を流させ
られました。
奥様がいての城山三郎、城山三郎の一部に奥様があり、その上で多くの素晴らしい
作品が出来上がってきたことを、実感させられました。
これほど愛した人に先立たれたら、残された城山さんが半身をもぎ取られて、
奥様の亡き後の人生を送っていたという、娘さんのお話にもうなずけます。
奥様に対する純粋な愛があったからこそ、高く評価された経済小説がたくさん
世に出てきたのだと思います。
そうか、もう君はいないのか、
これからも好きな作家の別の一面を捉えた作品に、触れていきたいと思います。