今日は、いまお茶の間をやたらと賑わせている戦場カメラマン、渡部陽一とのことについて少し書こうと思う。
皆さんもすでにお気づきかもしれないが、陽一(ふだん私は彼をこう呼んでいる)と私は、漢字一文字違いの同姓同名"ワタナベ ヨウイチ"。
しかも、出身大学が同じ明治学院で、陽一は2留で私が2浪ときている(笑)。お互い同じ年数だけ普通より横道に逸れ、親に迷惑をかけた経験を持っている。
実はこの不可思議な共通性が磁力となって、陽一とは6、7年前から、飲み兄弟(ふだん、私が兄貴分、陽一が弟分のような関係)となった。
陽一と飲むときは大抵が、お互い大好きな高アルコール度の酒を飲みながら、私が勝手な自前の哲学を、陽一が直近で行った海外情勢を語る。
私は陽一の語る海外情勢の話が大好きで、それは一瞬にして私の脳を国境の外へと誘ってくれる。
当然語り口は、皆さんが笑い転げる、あの調子、テンポ、そしてジェスチャー付きで。
実のところ、私はつい最近まで陽一の語り口やテンポ、ジェスチャーを特段意識したことがなかったし、面白いと思ったこともなかった。
いまでもその意識は全く変らない。
そう思うと、世間の意識というものは、ほんとうに不思議でならない。
ただ、どういう形であろうと、何か使命を担っているであろうと思える人物が、世間で注目をされるというのは、とてもいいことだと思う。
(本人は戸惑っているのかもしれないが)
私は勝手に、陽一の使命を「生の素晴らしさ」を伝えることだと思っている。
我々日本人は、陽一の写真を通じて、もっと生きていることに対して、それだけで興奮を感じられれば素晴らしいと思う。
生きていること、それだけに興奮を感じられる人が少しでも増えれば、日本ももっと盛り上がれるように思う。
昨年まで、全く注目などされていなかった戦場カメラマンが、いま注目をされているのも、もしかすると今の日本人に急務とされるテーマを、本人が持っているからなのかもしれない。