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      <title>鈴木勝彦的、人生見聞思候</title>
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      <description>講演依頼.comを運営するペルソン専務　鈴木勝彦の人生ブログ</description>
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      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>リクルート 魂</title>
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本日、講演・研修で懇意にして頂いている企業の窓口担当様から講師として伊庭（いば）さんという方を紹介して頂きました。


話をしてみると伊庭さん、リクルート出身とのこと。
（私も1991年から2000年までリクルートグループのリクルートエージェントに在籍）


そして、なんと1991年入社の同期。


ただ、私は入社から配属地が東京、伊庭さんは入社から大阪勤務が長くお互いに接点は無く、今日に至るのですが共通の知人が多く話が盛り上がりました。


そして伊庭さんは20年間リクルートに在籍し、昨年に独立をして企業の営業力強化のコンサルタントとして、またストレス軽減やメンタル強化を主としたコーピングという技術手法を活用したコーチ（兼講師）として現在活躍されていまして、弊社の講演依頼.comにも近日登録掲載をさせていただく予定でいます。


話は、変わりますが昨年12月末のブログにも書かせていただきましたが、Facebookを昨年の
夏から始めて、リクルート時代の上司、先輩、同期、後輩（ＯＢ，ＯＧ，現在籍者）とコミュニケーションを取る機会が相当に増えました。


Facebook内にとどまらず、食事をしたり仕事をしたりというダイレクトな接触も2，3年前
以前とは比べ物にならないくらい増えています。


特にＯＢ、ＯＧと会う機会が多く人材紹介で活躍している人もいれば、それ以外の業界（広告、マーケティング、研修、コンサルタント等々）で、独立して活躍している人もいればと様々ですが　みなさん、変わらず一貫しているのは


自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えている


と、いうところです。
（「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」
　リクルート創業者　江副さんによって作られ、江副さんが連呼し、多くのリクルート社員が継承しているリクルートの旧社訓）


会うとお互いの情報交換を通じて刺激を得れるありがたい方がとても多いです。


そして、最近そんな方々を引き合わしてくれるかのように飲食店を開業する後輩も数名現れています。


新橋で、粋な料理屋を営む女性後輩


池袋で、Cafe Barとして「転職Bar」なる新ジャンルを確立しようと奮闘してるエネルギッシュな男子後輩


リクルート在籍中の人はもちろん、ＯＢ，ＯＧ達も多く集い、またＳＮＳを通じて池袋のCafe Bar「転職Bar」には大学生も多く集っているようです。


みな商魂たくましい人ばかりで、嬉しい限りです。


私も関わるリクルート関係者の方々によき刺激を与えることのできる存在でいられるよう自身を鼓舞し、磨いていかないとです。
（恐らく、リクルート　魂のある人はみなそういう意識でいると思っています）


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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">余談</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 23 Jan 2012 16:56:11 +0900</pubDate>
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         <title>遅ればせながら、、、迎春</title>
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年が明け1月5日の仕事始めから1週間が経ってしまいました。
本日、1のぞろ目（ピンゾロもしくは蛇の目とも言いますね）1月11日。


遅ればせながら、本年もよろしくお願い致します。


本日は、年末年始に見聞きした私的名言を３つ紹介させて頂きます。


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「おじさん、人はなぜ生きるの？」


「あぁー生まれてきてよかったなぁーって思うことって何べんもあるじゃない。。。　　　　　　　　　　その為に人は生きてるんじゃないの。。。」


男はつらいよ　寅次郎物語（39作）満男と寅さんの会話ですが、誰もが一度は考え悩む事にシンプルに答える寅さんに&quot;だよなぁぁ&quot;　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
現在7歳の私の甥っ子が10年後くらいに同じ事を聞いてきたら同じ事を言いたいなぁ　と。


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「失敗とは転ぶことではなく、そのまま起き上がらないことです」


メアリー・ピックフォード（アメリカの恋人と言われた1920年前後に活躍した女優）の名言
。この言葉は、私　年始に人生で初めて耳にした言葉でした。人生転んでも転んでも起き上がって前進していけば必ずやよい状態に近づける。人生ってそういうもんだ　と、思えた言葉です。


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「おもしろきこともなき世をおもしろく。。。」
「すみなすものは心なりけり」
「おもしろいのう」


半藤一利さんの「幕末史」を年末年始にかけて読んだ際に目にしたのですが、改めて感慨深く。ご存じの方も多いかと思いますが、高杉晋作死期間近の病床の中、歌人の野村望東尼が見舞いに来た際に、高杉さん自らが筆を取って詠んだのが、


「おもしろきこともなき世をおもしろく。。。」


高杉さん、その後を書き続けず


野村望東尼さんが
「すみなすものは心なりけり」と書き続け


高杉さん
「おもしろいのう」と、一言。


すべては、心の持ちよう　と、いうことに高杉さんは&quot;確かにそういうもんだな&quot;と思い発したんじゃないかと。


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2012年、おもしろい年にしましょう。</description>
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         <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 13:54:10 +0900</pubDate>
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         <title>激動の2011年</title>
         <description>

激動の2011年、みなさん　お疲れ様でした。
そして多くの方々にお世話になりました事、この場をかりて御礼申し上げ致します。


ありがとうございました。


2011年、私の特質すべき事を少々。
それは、facebookを通じてたくさんの懐かしい仲間、先輩、後輩にお会いする事ができたと同時に新たな知人、友人ができました。
とても刺激になり、日々の活力の一助となりました。


今年1年が　絆　に象徴されるように人の繋がりを即時にかつ加速度的に飛躍させたＳＮＳ環境は、震災後多くの人のBase（基盤）として力となり急発展した年でもあったかと思います。


自然の力とテクノロジーが、人の思考と行動を大きく変えた年と言ってもいいかもしれません。


そういった意味では、卯年　まさに飛躍した年だったのかもしれません。


来年2012年は、辰年。
辰は『漢書』律暦志によると「振」（しん:「ふるう」「ととのう」の意味）で、草木の形が整った状態を表しているそうです。


世の中が更に良い状態へと整って行く年にすべく　みなさん頑張っていきましょう。


尚、弊社は12月28日から1月4日まで誠に勝手ながら冬季休暇となります。
今年1年本当にお世話になりました。
来年も何卒よろしくお願い致します。


それでは、良いお年を。

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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">余談</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 27 Dec 2011 13:04:14 +0900</pubDate>
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         <title>日本人</title>
         <description>

昨晩、ＴＶのあるバラエティー番組で面白い実験をやっていました。


日本、中国、アメリカ、イタリア、南アフリカ（確か南アフリカだったかと。。。違かったとしてもアフリカ大陸のいづれかの国）の5カ国を対象に親切度の高い国はどこかを検証する実験なのですが、実験内容は人通りがそれなりにある歩道で、ミカンを山住に抱えた男性がミカンを落としてしまうと、どれだけの通行人が落ちたミカンを拾ってくれるかを20回（都度20回やるので、都度対象20名と言った方がよいかも）おこなう　というものなのですが、20人中15人が拾ってくれた国は、イタリア。


アメリカ、中国、南アフリカは20人中10名以下（5人以下の国もありましたね）


で、日本は、、、なっ　なっ　なっーーー　んとぉ！


20人中20人　！！！　が親切にミカンを拾っていました。


更に日本以外の国で、ミカンを拾ってくれた人の半数近い人が転がるミカンを足で止めて拾うのですが、日本人は誰ひとり足で止める人はいなく、転がるミカンを手でとどめて拾っていました。


日本人、バンザーイ！　素晴らしいぃー　ことです。なんか、嬉しい気分になれましたね。


あと、子供（10歳未満くらい）も通りかかる時があって子供の場合は、ほとんどの国で、ほとんどの子供がちゃんと拾っていました。


と、いうことも含めて更に番組内で日本がなぜ20人中20人（更に足でとどめないのか）なのか？、イタリアはなぜ20人中15人なのか？、アメリカ、中国、アフリカは小数名なのか？　を推測解説していたのですが、それを知ると　なるほど！　と、各国人の歴史、文化、世相などによる観念や人柄もよーくわかる実験で、人柄や人格の形成は生きてきた、生きている環境で左右される生き物の側面を多分に持っているということを強く感じました。（ちなみにその人が持つ　持って生まれた性格が人間形成において半数以上の割合をしめていると僕は思っています。では、一般的に言う　良い・明るい性格、悪い・暗い性格は、なぜできてしまうのか？　僕なりの持論があるのですが、それはちとブログでは。。。飲みの席で話すような内容なんです）


ちなみに以前、知り合いの外国人数名に「日本人は本当に優しい、人がいい」と言われました。
それを聞いていた日本人の知人は、「それは、おバカなお人よし　って言われているみたいでやだなぁ」とゆがんだ解釈をしていた人もいました。
また、最近のメディアでも同じような論調をしばしば目にします。


確かに世界がボーダレスになり、外国人と接する機会頻度濃さが高まっている現代において気おつけなければならない点は多々ありますが、今回の実験における日本人の観念・行動は美徳だと思いますし、日本の先人達に感謝しつつ日本人の誇りとして大事にしていくべきものだと思う次第の今日この頃です。


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         <link>http://www.personne.co.jp/blog/suzuki/2011/12/post_91.html</link>
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         <pubDate>Wed, 07 Dec 2011 11:47:19 +0900</pubDate>
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         <title>大人の定義</title>
         <description><![CDATA[

長年、弊社と懇意にして頂いている講師で、<a href="http://www.kouenirai.com/profile/632.htm">木村政雄さん</a>（元　吉本興業株式会社常務取締役、現　木村政雄の事務所代表兼フリープロデューサー）がいらっしゃいます。


その木村さんが編集長として月刊で発行している「５Ｌ（ファイブエル）」という雑誌がありまして、毎月木村さんがインタビューアーとして、文化人、芸能人、アスリート等にインタビューするコーナーがあるのですが、１１号のインタビューで出演されていた内田　樹（うちだ　たつる）さん（2009年に出版された「日本辺境論」が話題になった現在　神戸女学院大学名誉教授・武道家・思想家）が、言っていた「大人の定義」に共感したので、紹介させて頂きます。


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＜木村＞
内田先生の定義する大人とは、一体どういうものなのですか？


＜内田＞
汚れていたり、弱かったり、卑劣だったり、卑猥だったりーー


そういう部分をたくさん抱え込んでいて、それでも何とか折り合いをつけてやっている人たち。汚れていることを市民としての欠格であると思わない人たち、ということでしょうか。自分の中にある汚さや弱さを許せない人がいますよね。こういう人たちは、どうしても他人に対しても非寛容になる。結果的にそれは、外国人や障害者に対する差別、すべての人間はピュアで健全であるべきだという考え方に繋がっていきす。　　　　　


"こども"はそういう意味で危険な存在です。
大人というのは、集団からできるだけ脱落者や犠牲者が出ないように、力のあるものは力を出し、知恵のあるものは知恵を出して、気分よく共生するかたちをつくることができる人のことだと思います。


＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝


私的に非常に納得、そう思えるコメントです。
（「いい事をうまく言う方だなぁー」と、久々に感銘を受けました）


特に「大人というのは、集団からできるだけ脱落者や犠牲者が出ないように、力のあるものは力を出し、知恵のあるものは知恵を出して、気分よく共生するかたちをつくる」というコメントは、相当奥が深いと思います。


なぜなら上記になることで、物質的にはあきらかに人間関係が平等じゃいられなくなるからです。
（そもそも平等というものは、人間の理想の世界観もしくは精神的な世界観のような気がしていて現実社会では、実在しないものだと僕は考えています。　　　　　　　　　　　　　
でもそこに何かわだかまりというか無常さを感じてしまうのですが、、、
それでも何とか折り合いをつけてますけど。。。）


では、どうすることが必要か？　


僕は、公平　と各々が思えるかたちも合わせてつくることが肝要だと思います。
（何か、内田さんがいっている「気分よく共生するかたち」とは、そういう事も含んでいるような気がしています。）


ただし、集団の人数が増えれば増える毎に公平の基準というか物差しを個々人とあわせることが、どんどん困難になりますね。
誰もが満足できる公平というものを作るってかなり至難の業だと思います。
なので、時としてこっちにあっちに折り合いをつけていかざるえない状況が発生する側面もあるかと思います。
あと、公平の仕組みって永遠ではないので時代の変化とともに変化させないといけないものだと思っています。


話は飛びますが、その辺りは徳川家康の人間社会及び国の仕組み作り（これにおいては、やはり徳川家康という人は天才、偉大ですね。古今東西、天下泰平な世の中を270年も継続できた仕組みを構築した人は家康以外存在しないのではないかと思います）と、それをひっくり返した幕末の志士の思想感を知れば、わかるかと思います。


祇園精舎の鐘の声 
諸行無常の響きあり 
沙羅双樹の花の色 
盛者必衰の理をあらわす 
おごれる人も久しからず 
ただ春の夜の夢のごとし 
たけき者も遂には滅びぬ 
偏に風の前の塵に同じ


感慨深いです。。。]]></description>
         <link>http://www.personne.co.jp/blog/suzuki/2011/11/post_90.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">人生</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 22 Nov 2011 15:10:22 +0900</pubDate>
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         <title>ユニークな視点</title>
         <description><![CDATA[

講演依頼.com　登録講師で　<a href="http://www.kouenirai.com/profile/3454.htm">富田英太さん　</a>という店舗経営コンサルタントがおります。


講演の依頼も何度もさせて頂き、私も一度拝聴させていただいた事があるのですが着眼点や発想が、とてもユニークな方です。


そんな富田さんに定期的にメルマガを送っていただくのですが、本日送って頂いたメルマガで、富田さんの会社のスタッフ藤岡さんが書いた本のさわりが、とてもユニークだったので紹介させて頂きます。
（代表の富田さんがユニークですからスタッフもユニークになるものですね＾＾）


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こんにちは、店舗経営コンサルタントの藤岡です。


今回、『「ワンピース」はなぜ人の心をつかむのか』というタイトルで、ONE PIECEの事例を基に、組織や戦略について本を書かせていただきました。


今回の本は、下記のセクションに分けて「戦略」「組織構築」についてまとめました。


第０章　、なぜ経営にも「ＯＮＥＰＩＥＣＥ」なのか
１．漫画『ＯＮＥＰＩＥＣＥ』の魅力
２．一人ひとりが大きな目標を持とう
３．失敗を成功につなげるために
４．失敗しても悩みすぎない
５．アイデアより想いの強さが大切！
６．「組織」は「人」である


第１章　ルフィに学ぶリーダーの「あるべき姿」
１．どのようなチームを目指すのか
２．リーダーは「ビジョン」を示せ
３．成功と失敗の違いはどこで生まれるのか
４．リーダーは「決断」する勇気を持て
５．目標達成のために何が必要なのか
６．「志」と「情熱」が人を動かす


第２章　麦わら海賊団の「組織」と「戦略」
１．リーダーと戦略家の違い
２．弱者が強者に勝つ法
３．「思いつき」と「ひらめき」の違い
４．「トップダウン」と「ボトムアップ」
５．「時間」を味方にする
６．できないことは専門家に任せきる


第３章　仲間の力をこうして引き出せ
１．仲間一人ひとりの特長を把握しよう
２．責任と権限を与えよう
３．強みを活かし弱味を打ち消す
４．コミュニケーションはシンプルに
５．仲間と真剣に向き合おう


第４章　「信頼」が組織を強くする
１．まず目標達成に必要な仲間を集める
２．目標達成に必要な武器を揃える
３．組織に必要なルールを決める
４．仲間の信頼を得るためには？
５．「別れ」を前向きに受け止める


第５章　リーダーがやらなければならないこと
１．まず目標到達点を決めよう
２．優先順位を仲間全員で共有する
３．率先垂範こそリーダーの務め
４．足りない部分は補い合おう
５．弱さを認めるタフな心を持とう
６．今あるものに目を向けよう


第６章　チームワークとは何か
１．「チームワーク」は全員で築くもの
２．認め合い、任せ合い、助け合う関係
３．「気配り」と「目配り」と「心配り」
４．やりたいことを精一杯やれる環境をつくれ
５．比べるのは「他人」ではなく「自分」
６．成果を分かち合うことが絆を深める


＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝


いかがですか？


かなり、ユニークな視点及びそそられる目次じゃないですか？
漫画が、人生・ビジネスのバイブルになることはよくあることですがかなりビジネス書的に仕上がっている感じがします。


ここ最近、ワンピースがかなり人気（それも大人にもかなり人気で、ワタミ会長の　わたなべ美樹さんも絶賛していました）なのは、私も知っていたのですが読んだことがなく、上記の内容を拝見してワンピース及び『「ワンピース」はなぜ人の心をつかむのか』両方を読みたくなりました。


いろいろなものが、教材となり学びの対象となるものです。


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         <link>http://www.personne.co.jp/blog/suzuki/2011/11/post_89.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">人生</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 10 Nov 2011 14:24:26 +0900</pubDate>
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         <title>「立方体で捉え、複眼的に考える」</title>
         <description><![CDATA[

弊社にて懇意にして頂いている講師で、<a href="http://www.kouenirai.com/profile/3697.htm">藤原和博</a>さんがいます。


リクルートに３０年在籍し、２００３年に都内義務教育初の民間人校長（杉並区立和田中学校校長）を務められたことで話題になり、５年の任務期間中には大変ユニークな教育プログラムを取り入れられた事でも話題になりました。
現在は、東京学芸大学客員教授としてまた大阪府知事特別顧問として次世代を担う人材の育成・指導及び教育分野における改革に取り組んでいます。


そんな藤原さんが、今日（１０月１９日）の日経新聞朝刊で
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
成熟社会の今日では正解は１つとは限りません。
その時々の状況に応じた最適解が求められます。
それには知恵を働かせ、付加価値を生み出し、自分自身で問題を設定する能力や、それらを支える情報編集力が必要になります。


情報編集力を養うには、正面からだけでなく、様々な角度から物事を考える複眼的な思考（クリティカル・シンキング）を鍛えることです。
---------------------------------------------------------------------------------------------------------------
と、いうコメントをされています。


講演においてもこのコメントは必ず盛り込むのですが、それだけ現代人において藤原さんが重要視しているからこそだと思っています。


私もリクルートの関連会社（現リクルート　エージェント）に１０年近く在籍していたので、藤原さんの言われる事がとても感銘・共感できます。
上記のような考え方が自然と身につく会社（風土、文化がありました）だったからでしょうか。


ちなみに「正面からだけでなく、様々な角度から物事を考える複眼的な思考（クリティカル・シンキング）を鍛える」ことは、人としての深みや懐の広さ　いわゆる人間力的要素を養うことにも通じることかと思っています。


物理的に子供の視野角度は、大人の視野角度よりも狭いのは皆さんご存じのことですが
これは、子供と大人の体質的要素ももちろんありますが、様々な経験を通してまさに「正面からだけでなく、様々な角度から物事を考える複眼的な思考（クリティカル・シンキング）を鍛える」ことを大なり小なり無意識にも日々おこなっているからこそだんだんと視野角度が広がる側面もあるかと思っています。


更にこれは私様式なのですが、物事・事象を　いかにして立方体で捉え、複眼的に考え、的確な行動を判断、決断するか　ということを日々意識しています。


藤原さんの言う　正面　だと２次元の表面でしかわからないですからね。


ヒト及び大部分の生物の視覚は２次元ですが、角度を変えて見ると実は幅、高さ、奥行き、深さといった３次元で物事、事象は成り立っているわけで、更にその体積を大きく捉えられるようになればなるほど人間力が養われるような気がします。


ちなみに体積（と、その中身・構造）を大きく捉えられるかは、その人の心の目とでもいいましょうか、豊富な経験からでてくる想像力、仮説設定力がポイントになると思います。


人間力が至高の域に達していけばいくほど、この想像力、仮説設定力が的を射ていて的確な行動を判断、決断できるようになるのだと思っています。


事実を知り、真相を察する　日々、精進です。
]]></description>
         <link>http://www.personne.co.jp/blog/suzuki/2011/10/post_88.html</link>
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         <pubDate>Wed, 19 Oct 2011 11:55:57 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>自分</title>
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唐突ですが　よく、「自分の事になると判らなくなる」なんて　言いますよね。


僕も、そんな時があります。


で、先週９月９日。
４３歳の誕生日に９月９日生まれの人の性格を綴った「YOUR BIRTHDAY  SEPTEMBER  9」と、いう本を友人からプレゼント頂き読んでみると　「んん、そうだなぁー。いやいや、そうかなぁー？」と、いう内容でしたがよくよく自身を振り返ってみると意外と「そうかなぁー？」　と、思った事は、自分に自覚がないだけで、そうなのかもしれない　とも思いました。


たまには、自分が自覚・認識していない自分のポテンシャルとかを知るのも面白いものです。


ちなみに、９月９日生まれの人の性格の要点をまとめると以下になりました。

----------------------------------------------------------------------------------------------
ロマンチスト
頑固さと激しいプライドを秘める
優れた計算能力と駆け引き上手
感性よりも知性を重んじる
理屈っぽい
とらえどころのない二面性がある　が、それが魅力
物事を冷静に見つめる判断力と、どこか神秘的なムードを兼ね備えている
思いやりは深いが、口が悪い（でも悪意はない）
理想が高く、またその理想を実現させようと、心の底で強く願っている
人をひきつける魅力の持ち主だが、恋にはオクテ
お金よりも自分の時間を大切にするが、生活力は抜群
人の役に立つこと、世界平和へ貢献したいという願いが強い
心身がデリケート
-----------------------------------------------------------------------------------------------

僕をご存じの方、どう思われますか？


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         <pubDate>Fri, 16 Sep 2011 11:28:10 +0900</pubDate>
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         <title>力</title>
         <description>

ここ最近、秋を感じる機会がだいぶ増えてきましたね。
今朝から日中にかけて燦々と太陽が輝いていますが、湿度・風がもう夏っぽくないですし、衣料店ではすでに秋冬物が陳列され、スーパーには松茸が並び始めています。
そういえば、ビールのＣＭも秋バージョンの商品ＰＲになってきていました。


と、「もう秋になるんだなぁ」　と思っていたところ　今朝の日経新聞の【春秋】の冒頭


『誰でも自分を養うだけの金もうけをしなければならない。力のある人はそれ以上の金もうけが必要ーー。そう松下幸之助さんは説き、「金もうけ確保省」を置くくらいでないと駄目だと主張した』（松下幸之助が考えた国のかたち）


を読んで、思った事がありました。


松下幸之助翁が言う　力のある人　の力とは　何？かと。


金を稼ぐ、儲ける力？


いや、僕はそうは思えないんですよね。。。


では、何？か。。。


自分を養うだけ　にヒントがあるような気がしているのですが。。。


僕なりの解釈は、自分と他の人（家族や仲間、他一人でも多くの人を）も養えられる数（量、エネルギー）の多さを松下幸之助翁は、力という言葉に置き換えたのではないかと。


尚、一昔前の　養う　という概念だと　食う（食わせる）　にイコールのようなイメージがあるのですが、おそらく翁は、養う＝育てる　という概念で使用したような気がします。


十数年くらい前に


翁が晩年の頃、通信ネットワーク関係の最先端技術の商品サービスを翁に売り込みに来た技術者が、懇々とその技術の構造及びロジック、果てはすごさ（技術面の）を話したのですが、翁は歳だったせいかそれについての理解は、ほぼできなかったらしく、翁は一通りの話を聞いた最後に「でぇ、君、それは儲かるの？」とだけその技術者に聞いたのですが、技術者は「儲かります」とは言えなかった。。。（後は、ご想像の通り採用しなかったとのこと）


と、いう翁の話を聞いた事があり、この時は私的には「ん？意外、、、松下幸之助さんの経営哲学は、&quot;物をつくる前に人をつくる&quot;　という人材の育成を主眼にしたものだったかと思うんだけど、実際は金儲け主義者（もっと言うと拝金主義者的な）だったのかな？」と思ったことがありました。


あれから今日に至る過程で、僕も経営に携わる立場をかれこれ１１年強やってきました。
養う、育てる（人材育成⇒社会生活の向上・発展　とも言えるかと）というワードを深く考えると「君、それは儲かるの？」と、言った翁の真相と金もうけの意味がわかる気がします。


さぁ、もうすぐ秋（あき）だけに商（あきな）いに飽き（あき）ずに勤しみ　力のある人は　翁の言う　金もうけ　を諦（あきら）めることなくしていきましょう！


３段落ちもすると、明（あき）らかに呆（あき）れられてしまいますね。。。　　　　　　


あきの５段落ち。。。ぼちぼち涼しく、、、いや寒くなりますかね。


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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">余談</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 30 Aug 2011 12:10:12 +0900</pubDate>
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         <title>それぞれの使命と役割</title>
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リクルートエージェント在籍時代にお世話になった先輩（現在　物語的経営支援　という事業をコアとした<a href="http://www.cross-r.jp/">株式会社クロスロード</a>代表取締役社長　辻口寛一さん）が定期発信しているメルマガを読んでふと思い出した事がありブログしています。


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【辻口さんからのメルマガ】


みなさんは、「釈迦、孔子、キリスト、ソクラテスの共通点」をご存知ですか？


実は、四人とも「自らの思想を書き残していない」のです。


それなのに、彼らの思想が広く後世に伝わったのは、なぜでしょう？


もちろん、「彼らの思想が優れていたから」。


そしてもう一つ、「彼らの思想を書き留めたものがあった」ということも、大切な要素ですよね。


どんなに優れた思想も、書き留められなければ残らない。


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伝えることに卓越した人が別にいた　という事実もあるなぁ。


室町時代中期から現在にかけて日本最大の宗教団体　浄土真宗　の宗祖・親鸞の教えを世に広めた天才的プロモーター蓮如がそれです。


でも、私の知るところではその布教活動は日々民衆にわかりやすい説法をしていたというだけではなく２７人の子供（５回結婚をしているんですが）のほとんどを息子は重要拠点寺に派遣したり娘は有力寺院に嫁がせるという戦国大名なみな政治的工作もあったようです。
（が、ゆえに信者をとられる他宗派から相当攻撃されたらしいです。当時の僧侶は武装集団的要素を多分に含んでいましたから攻撃も心理戦でなく武力そのものだったと思います。）
もっとも人間として俗を許容し、聖人というよりも民衆よりの人だったようなので大衆からは当時、みなさんもよくご存じの一休さんと共に抜群の人気があったようです。


それも含めてプロモーションの天才なのですが、でも親鸞にはなぜそれができなかったのか？


その能力がなかったのか？
自分の得手不得手を心得ていたのか？　
それとも思想をより至上のものにするために全精力を費やしたからか？


また逆に蓮如は、浄土真宗（親鸞の教え）という存在がなかった場合でも同じような（日本最大級の何か）状況環境を作れたのか？


わかりませんね。。。


ただ、僕が思うのは生まれながらに親鸞も蓮如も神から与えられた的なそれぞれの使命と役割（宿命）だったのかと。


蓮如は、親鸞の１０世代後の孫　ってところが何か因縁深さを感じてしまいます。







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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">人生</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 15 Jul 2011 15:19:26 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>昨年に続く　第２回　講師オーディション</title>
         <description><![CDATA[

昨年５月にブログ掲載させていただいたカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社（ＴＳＵＴＡＹＡビジネスカレッジ）、ガイアモーレ株式会社、有限会社志縁塾の主催による<a href="http://www.personne.co.jp/blog/suzuki/2010/05/">第１回講師オーディション</a>。


参加講師及び審査員をはじめ関係者に大変好評かつ有意義であったこともあり今年も第２回を実施することになりました。
弊社も今回は協力会社として参加しています。


今年は、昨年以上の講師参加数と一般の方も観覧できるものになっていますのでご興味のある方は是非観覧していただければと思います。


詳細は、こちら＞＞＞　<a href="http://www.koushi-ryoku.jp/event/audition2nd_audience.htm">第２回講師オーディション</a>]]></description>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">講演</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 10 Jun 2011 19:53:34 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>幸せの&quot;黄金律&quot;</title>
         <description>

&quot;人にしてもらいたいと思うような事を為し、人からしてもらいたくないと思うような事はしない&quot;


&quot;黄金律&quot;は、道徳哲学的に普遍的な教訓と言えると思います。


が、実社会における人間関係で、すべてにおいて　そうか　と、言われるとそうでもないような気がしませんか？


特に最近思うのですが、多様性の現代において自分のされたい事すべてが果たして他人もされたい事であるのか？
って思うところがありまして。。。


（まぁ、自分がされたくない事は人にしないというのは、極めてリスク発生が少ないので
ほぼほぼありかと思うのですが、それとても功利主義的見地に立たされた時には、対極する人に場合により為さねばならない事、時もありますが。。。）


でも、かと言って為す事に憶病になって為さなければ事は進まないわけで、人がどう思おうが、言おうが、自分が良い（ただ、世のため、人のため、自分のためになるというロジックがあるかが大事ですが）と、思った事は為して行くしかないのですが。
そこに人としての葛藤が付きまとうのですけどもね。


ただ、４２年９ヶ月生きてきて思うのは


自分が良いと思って人に為した事で、結果的に（場合によりのちのちでも）その人にベネフィットを提供できたら、その人がベネフィットを感じられたらＯＫなんじゃないかと。


ただ、私の考えですが
どうも知的レベルの高い人であればあるほどベネフィットは経済的（金銭・物質）利益だけではだめな様で、それ以外の、、、例えば精神的心理的な便益をいかに感じてもらえるか　というのも大事で、これは人（相手）を観て察し、為し方とタイミングが肝要な気がしています。
ただ、これが難しいですね。
（これが全てに為せる人は、人（人生）の達人の域に達している人だと思ってしまいます。）


これが人に為す事、全てにできたら自分は幸せでしょうね。


でも、ちょっと考えると幸せって自分がそう思えるかどうかですね。
そもそも　幸せ　って漢字
もともとは「手かせ」（手錠のカタチ）からきた象形文字のようで、古代　刑罰が重かった（軽罪にも関らず死刑みたいな）中、手かせの罰で済んで（死刑にならなくて）よかったぁー⇒運が良かったぁー的な意味が転じて　しあわせ　って読み言葉になったみたいですからね。


まさに考えようだと思いませんか？


ちなみに　幸　の逆は何だ？
と、問われたら何と答えますか？
？
？
？











私は、幸　ですね。
（紙に　幸　と書いて逆（１８０度回転させて）にしてください。）


私の　幸せの&quot;黄金律&quot;　は　自分の考えよう　ですね。


為せば成る　
為さねば成らぬ何事も
成らぬは人の為さぬなりけり
　　　　　　　　　　（上杉鷹山）

為すは人、成すは天　です。
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">人生</category>
        
        
         <pubDate>Tue, 31 May 2011 16:07:25 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>なぜ？　どうして？　の次は　どうしたいか！　どうする！　どうすればいいか！</title>
         <description>

３月１１日の震災から３９日。
その間に弊社１６期が終わり、１７期が始まり。。。


被災地の方々を思えば私はあまりにも恵まれている状況だと理屈では考えられても、この１ヶ月の間でいくつかの計画や目論見がその通りにいかず、限られた時間の中での判断・決断・迷い・対応・軌道修正があり、今までにない目まぐるしさと心理的重責、負担が多い日々を送り、いささか感傷的になっていたこともあった日がままありました。
被災地の方々を思えばそんな事、思っている場合じゃないとはわかっていても。。。


でも、こんな弱音を吐いていたら被災地の方々に申し訳ないと、ある段階からとにかく僕は僕のやるべきこと、仕事をやろう！　と徐々に思えるようになり日を追うごとにこの思いの方のウェイトが増し、その後のマインドは極めて迷い無しの前向き状態になっていきました。


そう思えるようになった要因はいくつかありまして、一つは弊社メンバーが震災後から今日まで主催・運営及び講師対応において本当によくやってくれたことです。
心からありがとう　と、思っています。
これは、僕が前向きになれた大きな要因です。


また、講師の先生方もこの度は事態が事態なだけに主催・運営の決断において快く了承いただくことがほとんどで、本当にありがたく思いました。


世の中　助け、助けられだと心底思い、これは関係する方々に仕事で報いなければと思った次第です。（それがめぐりめぐって世の中にも報いれることだと思っています）


そう思うと、私的に今、大事なのは起こったことになぜ？どうして？と考える以上に今後の理想を設定し（どうしたいか！）それに対して、

　　　　　　　
　　　　　　　　どうする！　より理想に近づけるにはどうすればいいか！　


という発想と行動が肝要だと考えます。


前回のブログの続きにもなりますが、原因を究明してもそれをもとに未来に対する　


　　　　　　　　どうしたいか！　どうする！　どうすればいいか！　


というアクティブなアクションがなければ、私的には原因を究明してもそれはあまり意味の無い事のような気がしてまして、人が発展してきた源は原因究明の次に（場合によっては原因究明などすることもなく、と、いうのは今回の地震がなぜ起きたか？なぜ東北・関東エリアなのか？を究明しても私的にはあまり意味がないことなんです）すべて未来に対してのアクティブなアクション　


　　　　　　　　どうしたいか！　どうする！　どうすればいいか！　


にあると思っています。


この考え方は、すごく前向きになれると思いませんか？


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         <link>http://www.personne.co.jp/blog/suzuki/2011/04/post_82.html</link>
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          <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">人生</category>
        
        
         <pubDate>Mon, 18 Apr 2011 17:53:39 +0900</pubDate>
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      <item>
         <title>結果と原因から</title>
         <description><![CDATA[

先日、講演依頼.comエントリー講師の作家である<a href="http://www.kouenirai.com/profile/4283.htm">井沢元彦</a>さんの「幕末における黒船襲来」をテーマにした講演を拝聴して


なぜアメリカは高圧的に開港を迫ったのか？
なぜアメリカと最初に条約を結んだのにその後幕府はフランスとの関係を強めたのか？
（ちなみに薩摩、長州はイギリス、ではなぜか？）



また、明治から昭和にかけてですが、もとをたどるとなぜ日露戦争が起き、ロシアは第二次大戦後に日本人を捕虜し、シベリアで強制労働させたのか？
（これは幕末以前の大黒屋光太夫という船頭がロシアに漂流し、ロシアが光太夫を口実に日本と友好関係を築きシベリア開拓を推し進めたかったのを日本（当時の幕府）があまりにも失礼な対応をとり破談になったことに起因するというのが井沢さんの推測。因果関係まで書くと長くなるので割愛します。すみません。）


など、結果に対する井沢さん流の原因推測（上記のアメリカのなぜにおける原因推測は、話が長くなるので割愛させていただいています。すみません。）の話を聞いていたのですが、歴史の結果をひもとくと必ず　ほぉー　という原因があるものです。


また、意外と結果における原因の真相・本質を推測及び見極めることは、ここ数年企業研修でも注目されている論理的思考（ロジカルシンキング）にも通づるところがあるかと思います。


私も数年前、社員の論理的思考を向上させようと自我流のテキストを作ったことがあるのですが、概略は演繹法と帰納法についての実習問題とこの２つの関係性とロジックから結果における原因分析の導き方及び原因の正確度（真相・本質）が高められ、原因から結果にいたる顛末を起承転結の文章でまとめるとそれは一つの物語・ドラマになる　というようなものなのですが、その中で自分なりに理屈をつけてまとめたのが以下になります。


＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
「原因⇒結果」という構図を描いた際、⇒は時間経緯における動詞的意味合いをもつものだと定義しましょう。
更にこの原因と結果を結び付ける⇒を因果関係と称します。


ここで、「古池や　蛙　飛び込む　水の音」を題材に「原因⇒結果」に当てはめてみると


結果：水の音がした
原因：古池と蛙が存在したから
⇒（因果関係）：飛び込んだから

「原因⇒結果」の構図で説明すると
　
　
　古池に蛙が　　　　　飛び込んだから　　　　　　水の音がした
　　「原因」　　　　　　　 「因果関係」　　　　　　　　　「結果」


更にシンプルな方式に変換すると


　　　何が　　　　　どうなって（どうして）　　　　　そうなったのか


という事になるかと。


この　「何が　どうなって（どうして）　そうなったのか」というのは物語・ドラマ的で、ということは物語構成の基本スキームである起承転結とも言えるかと。


では、この「古池や　蛙　飛び込む　水の音」という俳句（ここであえて物語と称しましょう）を起承転結に当てはめると。。。


起：古い（と言うことから静かな）池の　＜物語の出だしを説明＞


承：すぐ近くに一匹の蛙がいました　　　＜話を膨らませ期待を持たせる＞


転：蛙が池に飛び込みました　　　　　　＜事件の発生＞　クライマックス１


結：ポチャンと水の音が聞こえました　　＜最後の結び＞　クライマックス２


物語的に表現すると


古い静かな池の　すぐ近くに一匹の蛙がいました。
蛙が池に飛び込むとポチャンと水の音が聞こえました。


かと。


ここで、更に推察すると。。。


「その後、水面に波紋が広がり、また静寂に戻りました」と言う続きがあるのでは？


それがゆえに日本人はこの作品を　侘び寂　の世界観でとらえ300年近く経った今をもってしても日本における芸術的文学作品として語り継がれているのかと。


が、もっとも松尾芭蕉が詠ったからというのが因果関係かもしれませんが。。。


お後がよろし　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　くないようで。。。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝


少々屁理屈っぽいですかね？


でも、芥川龍之介だったか？定かではないのですが
「よい文学作品を書き上げるには数学的能力が必要だ」的なことを言っていたような。


なんとなくわかる気がしませんか？


そうそう、ちなみにビジネス社会では（ビジネス社会に限らず人生等様々なシーンにおいてもですが）結果における原因をどれだけ正確に把握できるかが最終形ではないということは、みなさんもおわかりいただけるところかと思いますが、では結果における原因を正確に把握した後に何がある（何をしなければならない）のか？


もっというと私見的にはこちらの方が原因究明以上に重要なことなのですが、それは次回に綴りたいと思います。


　　　　　　　　　　　　　　　　　]]></description>
         <link>http://www.personne.co.jp/blog/suzuki/2011/03/post_81.html</link>
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         <pubDate>Wed, 02 Mar 2011 15:37:46 +0900</pubDate>
      </item>
      
      <item>
         <title>鈴木勝彦的　アイディアの出るメカニズム</title>
         <description>

２月９日　日経産業新聞の「眼光紙背」での一文で

＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
ある食品スーパーの店頭で節分の日の夕方、売れ残りそうな恵方巻きの山を前に販売担当者は天を見上げた。


大幅な値引きをしたくても縁起物だったり、予約販売をしたりした手前、価格の変更はしづらい。
閉店時間も気になってしまう。


そのとき、現場のパート社員が発した言葉が苦境から脱するきっかけとなった。


「太巻きにして売りましょうよ」


恵方巻きのパックを解体し、恵方巻きを包丁で切り、太巻きへと早変わりさせたのだ。
恵方巻きの売れ残り危機は回避され、生まれ変わった太巻きは売り上げにも貢献できた。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝
恵方巻き
※節分に食べると縁起が良いとされる一本太巻き。
大阪を中心とした風習ですが、ここ数年商業的催事として取り扱われ全国的認知度も上がっています。
＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝＝


この文章を読んだ時にこのパート社員は、主婦で年齢は30歳代、小学生くらいの子供が二人くらいいて、料理のやりくりがうまい（限られた予算や冷蔵庫にある残り物材料で結構な料理を数品ちゃっちゃっと作れてしまうような）人なんじゃないかとイメージしました。
と、いうのは「太巻きにして売りましょうよ」というアイディアが出る以前に日々の料理作りの中で、似たような体験・経験をしてきたのではないかと思うんですよ。


逆に販売担当者は男性で、日々の生活において限られた条件の中でやりくり上手に料理なんか作ってきていない人だと思うんですよね。


そこで更に思ったのがアイディアの源泉は体験・経験（＝知識）で、それを応用して活用できるか否かは恒常的に多面的かつ深く考え続けることで養われる思考力（＝知恵）で、絶妙のタイミングでアイディアが浮かぶか否かは、その人のセンスと運なのではないかと。
では、センスと運を引き寄せるには？


今まで、どれだけの体験・経験をしてきてそのプロセスにおいてどれだけ恒常的に多面的かつ深く考えるということをし続けて生きてきたかどうかが関係するかと。


でも、担当販売者は経験の浅い人だったのですかね？
ベテランなら過去に売れると思ったものが売れないなんて経験それなりにしてきていると思うのですよ。
だとすれば、予め数日前から売れなかった場合どうするかを考えて妙案が浮かばなかったらスタッフ（パートさん含め）に「売れなかったらどうしたらいいか？」と話してアイディアを募ればよかったと思うんですよ。


もしかしたら　あんまり考えて生きてこなかった人なのか。。。


いやいやそれはわかりませんが。。。でも、別の角度で考えると意外とこの販売担当者の件においては日本人気質的なものを感じるところもありまして、、、


それは何かというと、売れなかったら。。。　なんてネガティブケースな事を考え発言しようものなら周りからどう見られるかの恐れ（その食品スーパーの組織体、特に上層部がそもそもネガティブ意見を受け付けない体質ならなおのこと）や本当に売れなくなるんじゃないか？とか言葉の魔力に呪縛されリスク対策の発想がゼロになり、むしろ&quot;絶対売れる、売れないわけがない&quot;という過信に走る的な。


第二次世界大戦の日本ってまさにそういう状況だったかと。
また、現在においても日本人は危機管理能力が他国に比べて低いなんて言われてますね。。。


そういう意味においては、組織に属する人は、その組織の体質、風土、文化というものもアイディアが浮かぶかアウトプットできるかに影響するものかと。


ちなみに逆張り（何が逆なんだよ？って言われるかもですが、トーク発言的な流れとして聞き流してください）で考えると組織の体質、風土、文化のあり方次第ではアイディアの泉が実現できる可能性があるとも言えますね。
そういえば、ネットワーク機器のシスコは最近こんな状況を作り上げて絶好調みたいです。


でも、話は飛びますが何もかもが想定通りにいかないのが世の常。
予定調和でないところにスリリングなドラマがあり、火事場の馬鹿力があるから人間は面白い。


食品スーパーの閉店後は、販売担当者とスタッフ、パートさんで大盛り上がりの祝杯が交わされ、普段では話さないような話で更に大盛り上がりしたと思います。
こんな状況、環境もアイディアの出るメカニズムのひとつかと。


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         <pubDate>Tue, 15 Feb 2011 14:04:41 +0900</pubDate>
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