2010年8月25日

お茶の子さいさい

今日、スタッフと歴史の話しをしていて江戸時代、戦国時代と時代時代によって価値観や生活習慣が違うことを話していたのですが、その中で江戸時代までは1日二食だったという話をしました。(厳密に言うと江戸時代中期くらいまでですかね、それ以降は三食という習慣が徐々に広まっていったらしいですが)


そこで、ふと私は「お茶の子さいさい(容易にできる、たやすいこと)」という言葉を思い出し、スタッフに


「何で、容易にできること、たやすいことを お茶の子さいさい って 言うのか?」


と、聞いたのですが意味はわかっても語源は知らなかったようで、説としては上記の1日二食に由来すると言うことを話しました。


「お茶の子とは茶に添えられる菓子のことを指すんだけど、当時1日二食の人達は、朝と夕の間にこ腹が減るわけよ。そこで、朝夕の間で茶を飲む時に添えられる茶菓子をペロッと(さいさい と)たやすく食べれちゃうことに由来するのよ」


スタッフ
「へぇーーー」


でも不思議なのは、この言葉 江戸時代初期から中期に江戸を中心に庶民から言われ始めたと記憶しているのですが、言葉と意味が一緒になってどう広まり一般化していったのでしょうか?
しかも現代は1日三食なのに今も使われています。
言葉の不思議ですね。
なんとなく、語呂的に響き的にかわいい感じだからでしょうか?


ちなみに話しは変わりますが、「なんとなく」って好意的(なんとなくいい感じ、なんとなく好き とか)に使用する(されると)と、とらえようによって 妙 ですよね。


2010年8月10日

"コツ"

「押してダメなら引いてみろ」とは、恋愛や顧客との取引を成就させるにあたっての一つの"コツ"だと思います。


物事をうまく運ばせるには、それぞれの状況・環境に応じた"コツ"を見いだせるか否かで、成果が大きく変わるものだと思います。


私が、心底そう思えるようになったのは弊社エントリー講師の金田一秀穂先生の祖父である言語学者の権威 金田一京助(歴史上における偉人につき、あえて先生とも 氏とも さんともつけません)がアイヌ語を自身もまた日本人の誰一人、理解できていない状況の中、研究に取りかかるにあたって当初は、まったく言葉が理解できず何一つ進まない中、思案の末、ある事に気づき、ある事をしたことで飛躍的な成果をもたらした と、いう話を10年程前に聞いた時でした。


さて、金田一京助のした ある事 とは、何だと思いますか?


知れば、なるほど。人によっては なーんだ そんなこと と思うかもしれませんが、これを見出したというか発見した頭脳と実行した行動力が私に言わせると 天才!だと思わざるえません。


で、私は凡人なので先人が見出し発見した数多くの状況・環境に応じた"コツ"を知れるか。そして、それを 機を見て敏なり で、使えるか また応用できるか だと思いました。


これもまた生きる上での"コツ"かと。












さて、正解は。。。












金田一京助は、訳の分からない絵を描いた紙をアイヌ人に見せ、その反応から「何?」という言葉を聞き出すことに成功し、ここから膨大なアイヌ語の単語を一つひとつ聞き取り調査で記録するという地道な事業をスタートさせた。


2010年7月21日

宿命と運命

「天に軌道がある如く、人それぞれに運命を持って生まれ合わせております。」


とは、私の人生バイブルの1つ 男はつらいよ 寅さんこと車 寅次郎の名啖呵売。


ちなみにこの啖呵売、天に軌道がある如く と言うならば運命ではなく宿命の方が合致するのでは?
と、思ったのは私だけでしょうか?


最近、「本当にいろいろな人がいるなぁ」「人生って、わからないものだなぁ」と考えることが多く、ふと上記の事が頭に浮かびブログしてます。 
久方ぶりのブログで、恐縮かつ2ヶ月近くも書いていないと見てくれる方もどんどん減るのは、わかってはいたのですが。。。久しぶりに書かせて頂きます。


さて、本題ですが
宿命は生まれた時にその人の人生で、すでに決まっている変えようのない天の定めと私は考えています。
運命は逆に自分の意思や努力で、いかようにも人生が変わるものだと考えています。


天に軌道がある如く と 前置きするのであれば やはり運命ではなく宿命かと。。。


ちなみにこれは私が約42年間生きてきての経験値からの感覚ですが、人生は60%が宿命、40%が運命のような気がしています。


と、なんだかネガティブ思考のような物言いですが、然に非ず! 
40%も自分の意思と努力で自身の人生を拓けさせられると考えれば、なかなかなものだと思いませんか?
あとは、60%の宿命を逆らうことなく素直に受け入れ自身の意志と人生にうまいこと折り合いをつけていけばよいことかと思います。
(しかし、生きてゆく上でこれがなかなか難しいところですが。。。
逆に自身の宿命に常時納得感というか感謝ができる人は、幸せな人生を歩んでいる人かと思います)


そう考えると、すべては自身の考え方によるところ と、言ったところですね!!


で、あれば
「天に軌道がある如く、人それぞれに運命を持って生まれ合わせております。」


が、何故ゆえに 運命 かがわかる気がしてきました。
人は、その人の意思によって生きていると思えると勇気が湧きますね。


ちなみに"あの人は、運がいい"とかよく言いますが、運も実力のうち。
その人は、意思を持って運が転がってくるよい生き方をそれまでしてきていると思います。(まぁ、もっとも 人間万事塞翁が馬 で、常に運のある人なんていなくトータルでみての話しです。)


ただ世の中は摩訶不思議で、悪行を重ねても運がある時がある時期もある人もいるものですが。。。
(そういう人は、もしかしてその人のご先祖様の誰かが、よい生き方をしてきたのかもしれませんね。悪運ってやつですかね。。。)


が、しかし「天網恢恢 疎にして漏らさず 悪の栄えたためしなし」とはよく言ったもので、必ず反転するものです。


真っ当な意思のもと誠実な人生を歩んでいきましょう。


2010年5月28日

かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂

先日、弊社エントリー講師の角盈男(すみ みつお)さん(元プロ野球選手でジャイアンツ、日本ハムで活躍した左のストッパー投手)が経営する恵比寿のBarに1周年ということで、弊社代表の渡邊と一緒に飲みにいきました。


お店の雰囲気は、昭和レトロそのもので40歳以上の人には懐かしくも落ち着く演出が随所に見受けられます。
店名は「昭和歌謡曲バー m一129」といいます。


角さん、渡邊と話していると、スポ根アニメの金字塔「巨人の星」のテーマソングが流れ当時と今のスポーツ青年の根性論についての話しになりました。


昔は、練習中にどんなに喉が渇いても水は飲めない、膝によくないと知りながら長時間のうさぎ跳び。
と、結構体に悪いことをやらされていました。
(私も高校まで野球をやっていましたので、まさにこれをやらされていました)


今の環境では、こんなことをしているところは恐らく皆無かと。


では、なんで体に悪いと知りながらそんなことをやっていたか?
なんですが、まさに精神論的に言うところの"根性を鍛える"と、言ったところでしょうか。


精神的に未熟な若者に根性力を向上させていかせるには、限界なまでに日々体を酷使させ、異常なまでの努力を継続させていかせることが大事という観念が一般的で、まだまだ軍隊精神の名残があり、その行きすぎた行為だったと思います。


だから途中で、「無理です、無理です」なんて言って、やめるなんていゆ行為を許さないまた許されないという風潮が色濃くありました。
(ただ、それがもとで大怪我や病気に発展し選手生命や人生をくるわされた人も多くいたことだろうと思いますが)
忍耐と我慢の世界ですが、意外と私嫌いじゃない世界です。


なぜ?か。。。そういう世界って、いつのまにか自分自身が望んで行動していく観念が生まれてくるからだと考えているからです。
途中でやめる 話しなんかだとわかりやすいかと思うのですが上記の世界観に身を置いていると、途中でやめる自分を許せない的な気持ちが生まれてくるんですよ。
で、そういう環境が普通だと勇気とか美談とかが生まれやすく人間同士の感動とか喜怒哀楽がむき出しになるというか。


ここ最近大ヒットしたドラマ「ROOKIES」なんてまさにその構図だと思うんですよ。


と、考えると日本の心(大和魂)はまだまだ消えてないんじゃないかと。
奇跡の国、日本ですからこの精神無くしたくないですね。


かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂
                               (吉田松陰)


かっこいいです。



2010年5月20日

講師オーディション

弊社にエントリーしていただいている講師で大谷由里子さんがいます。
元吉本興業で、あの横山やすしさんのマネージャーを務めその後プロデューサーとして活躍し、現在は有限会社志縁塾代表取締役として、モチベーション、コーチングをテーマとした講演活動、執筆活動、人材活性として講師プロデュース、講師の講話スキル向上を目的とした「講師塾」なる講座を企画・運営しており修了生は500名を超え好評を博しています。


その志縁塾の代表取締役社長の島田さんとここ最近仕事でご一緒させていただく機会が多く、先日島田さんからカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社TSUTAYAビジネスカレッジ、ガイアモーレ株式会社、有限会社志縁塾の主催で「講師オーディション」なる催しを実施されるということを伺い、8月22日の本選で聴講者としての参加のお誘いを頂きました。


講師オーディションの詳細は下段のリンクからご覧いただければと思うのですが、概略イメージは、年末に行われている漫才の「M一1グランプリ」的なものです。


ちなみに講師としてキャリアの浅い方、オーディション前に講師スキルを上げたい、現在の講演スキルがいかほどのものか知りたいという方は、6月から8月にかけて全5回大谷さんの講座を受講してオーディションに参加するという選択肢があります。


更に、本選優秀者に選ばれるとTSUTAYAビジネスカレッジのレンタルDVDとして優秀者の講演がリリースされ、あわせて書籍も出版されるという特典があります。
(私は、本選に出場される講師の講演を拝聴させていただくことで各種団体への紹介派遣に役立てたと思っています)


テレビドラマ、映画、音楽、漫才、落語とそれぞれに体系化された学問的なものや作品の質を問うオーディションや賞が存在しますが、一番歴史ある講演にそのようなものは今までなかったと思います。


これを機に講演の世界が、よりよい商業・産業になればと私も講演界に身を置くものとして、微力ながら活動していきます。


講師オーディション概要


大谷由里子 講演依頼情報


2010年4月 8日

拝啓 坂本龍馬様

2008年8月下旬に2010年1月から「龍馬伝」というタイトルの大河ドラマが始まることを知ってから早19ヵ月。(2008年9月に「龍馬伝」への期待を綴っています
「龍馬伝」がスタートしてから3ヵ月少々。


最初は、軟弱すぎる龍馬に少々不満でしたが観て行くうちに龍馬の"やさしさ"にフォーカスしていることに気づき、それからは進化し成長していく龍馬が楽しみで毎週心待ちにしている次第です。
また、映像も私が好きな映像(最新の映像技術のようです)を使用しており、かなりリアルに幕末当時だよなぁーと思える"さびれた"雰囲気をみごとに描写していてかなりイケてますね。
巷でも、かなり龍馬ブーム到来のようですから。


4月4日(日)から第二部ということで、龍馬が脱藩したところから物語は始まるのですが、龍馬は脱藩を期に相当人間が進化しています。
(ドラマの中でも、香川照之演じる弥太郎が「龍馬は今までとは違う別世界の人間になっていた」的なセリフがありました)
実際、そうだったのでしょう。
龍馬は、脱藩を期に相当に腹をくくったと思います。
坂本家はとり潰しにはなりませんでしたが、そのために兄の権平がかなりの金銭を使ったと言われていますし、また次姉の栄が罪をかぶって自害したという話(説)もありますから、龍馬はこの時に相当感慨深いものがあったことでしょう。
それが、人間を大きくさせたのかもしれません。


そして、龍馬の人生を劇的に飛躍させた勝麟太郎との出会いがこれからあるのですが、勝麟太郎との出会いを期に世に羽ばたいていく龍馬の今後の活躍が楽しみです。


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拝啓 坂本龍馬 様


私は、高校1年生の冬に「龍馬暗殺」という映画をテレビで観て龍馬さんに興味を持ちました。
(ただ、この時は龍馬さんというよりも龍馬役の原田芳雄さんが、あまりにもかっこよかったので、原田芳雄さんの龍馬さんに興味を持ったと言った方が正しいですが)


それから1週間後、当時めったに本屋になどいかない私は何かに導かれるようにたまたま本屋に立ち寄り、「竜馬がいく」を見かけ1巻を手にとり1時間程立ち読みし、全部読みたいと思い全8巻を購入(いつもだと財布には3千円程度しか入ってないのが、この時はたまたま1万円を持っていたという偶然。。。なのか。。。いや必然)し、あまりのおもしろさに授業中も読みあさり、3週間ほどで全8巻を読んでしまいました。


「こんな魅力的で素敵な人がいたんだ」と、感動しました。
龍馬さんに近づきたいと話し方も土佐弁をまね、靴もブーツを履いたものです。
(ちなみにこの25年間 今も、龍馬さんと同じブーツを履き続けています)


そして、高校2年の修学旅行では、四国4県を各クラス好きな県へ行ってよいということで、私はどうしても高知県へ行きたくクラスのみんなを説得して高知県へ行きました。
桂浜、龍馬銅像、高知城すべてが興奮と感激でした。


それからは、龍馬さんが私の生き方の軸になっています。


特に私が更に龍馬さんを好きになったのは、高知県坂本龍馬記念館に保管されている印藤聿宛の書簡で、「万物の時を得るをよろこび」という言葉(観念)です。


幕末というまだまだ身分制度が色濃い時代に"万物がこの世に生を授かり、生きているこの時を喜べる世の中を創りたい"という龍馬さんの観念に私はなんと龍馬さんは、愛に満ち溢れている人なんだと感動しました。


この観念は 私、人生の指針としています。
ちなみに「万物時喜」という言葉として私の座右の銘ともしています。


今思うと、16歳という多感な時期に龍馬さんと出会えた事は私の宝であり、なんと幸運な男なんだと思っています。


龍馬さん、私に生きる喜びを与えてくれてありがとうございます。


私も微力ながら、「万物の時を得るをよろこび」を実践していきますので、見守っておいてください。


                                             鈴木勝彦 拝



2010年3月17日

3年目をむかえる講演依頼.com主催 ビジネス スキルアップセミナー

2008年の秋から始めたビジネスパーソン向けスキルアップセミナーも今年で3年目をむかえます。


今年、2010年は次世代リーダーを対象に伸人塾と称して「チームビルディング」「伝える力」「コーチング」「リーダーシップ」「人材育成」というテーマで3月から11月まで各月で1回、計8回のセミナーを実施ます。


講師陣は、リーダー対象の講演・研修において大変好評な講師6名にお願いしています。


1回単発の参加でもためになるセミナーですが、複数回できれば8回すべて参加いただけるとリーダーとしての必須要素が学べる構成になっていますので、現在リーダーの方もこれからリーダーとして活躍される方も是非ご参加いただければと思います。


プログラム等の詳細は 伸人塾ホームページ をご覧ください。


2010年2月24日

「蠢」 と 「古代エジプト人の分数」で、やわらか脳 の必要性を実感

先週20日土曜日に母と妹家族で千葉の銚子方面へ向かう車の中で、何がきっかけか忘れましたが、母が 


「春の下に虫を2つ横に書いて(蠢)、何て読む?」


とクイズをだしてきました。


恥ずかしながら何て読むのか知らない私は、春の下に虫2つなので、やはり春の虫の名前だと瞬間的に思い込み、山をはっていろいろな春の虫の名前を言ったのですが、どれも


「ブー×、ブー×」


で、ほくそ笑む母は


「春先の虫ってどんな感じ?どんな状態?」 


と ヒントを出してきたのですが、そのヒントで私の脳(発想)は幼虫が成虫になる過程をイメージさせてしまい、更に虫関係の絵しかイメージできない深みにはまり、なかなか回答が言えないでいまして、とうとう母から


「うごめく よ」


と言われてしまいました。


言われてみれば 


「あぁー、そーねぇー、うごめく ねぇー」


なぁーんて感じで、平静を装っていたのですがが、内心は自分の想像力のなさ、思い込みから脱却できない堅い頭(やわらかくない脳)に少々の落ち込みと悔しさが混在して悶々としていました。


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そして話しは変わるのですが昨日23日、電車に乗っていまして学習塾が問題を出す広告で、


古代エジプト人は、分数を分子が1で分母が異なるいくつかの分数の和で表していました。
例えば2/5は1/5+1/5ではなく1/3+1/15というように。
(ただし、2/3だけは2/3とのこと。 なぜか...?)


と、いう文章を見かけ何故ゆえに古代エジプト人はこんな面倒な分数の表し方をしたのか?に興味が湧いて少々ネットで調べてみました。


そうすると、真相はわかっていないようなのですが、説というか憶測の範囲で以下の仮説を見つけました。


「エジプト人の数学は、恐らく土地の分割の必要性から生じたと思います。
ただし、彼らはその分割にも、神学を適用したと思います。
完全なる神の図形は「円」です。この円を半物ずつに分割していきます。
180度の内角を持つ半円は1/2です。
90度なら1/4、45度=1/8、22.5度なら1/16、11.25度なら1/32、5.625 度なら1/64(これらの総計に1/64を足すと1になります)。
これがホルスの目の分割として容積の単位となっているのはご存知の通りです。
白目は1/2、瞳は1/4・・・
ウジャト(完全なる一つの円)
=1/2+1/4+1/8+1/16+1/32+1/64  と考えていたから、


分数は分子1でないといけないと信じていたのでしょうね。 」


んーなるほど。
面白い仮説だなぁーと思いつつ 
が、"これは古代エジプト人の一つの思い込み現象にも相当するなぁ"
と、思った瞬間 ふと 蠢く の自身の思い込み状態を思い出しました。


古代エジプト人には、もしかしたらもっと深い意味か、この分数の表し方の方が現代数学よりも数学的に高度になれて、ピラミッドを作る際の計算式とかでも具合がいいものだったとかの背景があるかもしれないのですが、上記を読んでる範囲では、一つの思い込み状態だと思うんですよ。


私的には、私の 蠢=虫の名前だ! 的な 構図と同じような気がしまして。。。


で、何が言いたいかと言うと 信じる ことは大切なのですが、思い込み はいかんなぁと。(思い込みは、発想を制限させてしまいますからね。)
いろいろな発想がでてくる やわらか脳 が大事だなぁ と 思ったわけです。


まぁ、そんなことは誰でもそう思っていることですが。。。


肝心なのは、やわらか脳 になるためにはどうしたらいいか? と いうことですよね。


ちなみに凡人である私が考えるに、、、


やはり多くを経験し、多くを学び、多くの知識を蓄積し常にいろいろなことを想定し
考え(この訓練が豊富な知恵力になるかと)、行動していき、生理的に脳によいこと
(例えば、脳によい食事(まぐろの目玉等一部の魚に含まれるDHAは脳によい
と言われていますが、脳科学の権威である茂木健一郎さんが言うには「自身が懐かしくも美味しいと思える食べ物、カレーとかハンバーグとかが、脳によい」と言ってましたね。)を適切適度にとり、適度な運動、適度な悦楽、適度な時間の快眠)を日々していくことかと。


如月に
櫻がつぼみ
膨らませ
はな が蠢き
春を感じる


昨日から、花粉症で鼻がむずむず、目がかゆかゆで脳機能も低下している今日この頃です。



2010年2月16日

企業のメンタルヘルス一巡か? 今はモチベーションUP

昨年秋以前は、メンタルヘルスやライフワークバランスといったテーマの講演や研修が多かったのですが、11月以降あたりからはほとんどお話しいただく事が無く、今年に入ってから現在は圧倒的にモチベーションUPテーマの相談が増えています。
(モチベーションUPは恒常的にニーズが高いのですが)


この仕事をしていると世の中のトレンドがよーくわかるもので、何故?この時期 モチベーションUPか?というと、実施時期が4月が圧倒的に多いというのがポイントなのですが、この時期は新入社員が入社、社員の異動、新しい期のスタートと社員の士気を鼓舞し高めていかなくてはならない時期ですからね。
ただ、モチベーションUPと一言でいってもいろいろな切り口・アプローチもあり、また企業は今やこれについては恒常的に計画的に取り組まないとなかなか成果に結び付かないと考えていますので、手を変え品を変えで実施していることと思います。


が、今やメンタルヘルスも企業の恒常的課題テーマと言っても過言ではないかと。
特に、日本人は諸外国の人と比較すると医学的にも相当にストレスを抱えやすい、ためやすい体質・性質のようですからね。
ちなみにこれは、現代に始まった事ではなく結構昔からのようです。(地理的環境によるものか?大和民族特有のDNA的なものか?耐え忍ぶを美徳とする思想・文化的なものか?) 


が、それがこうじて日本人はストレスを軽減させる習性(今となっては癒しの和文化ですね)
ひらたく言えばガス抜きを編み出したという力強さを持っているのですが。
鈴虫の鳴き声を鑑賞するなんてまさにストレスのガス抜きからおこった産物のようです。(外国人には雑音でしかないようですから)


風流ですねぇ


梅雨時か秋雨あたり(この時期は、少々憂鬱になりがちですからね)にメンタルヘルスをテーマとした講演・研修のお声掛けをいただける企業様が増えていくかと思いますが、もともとストレスを抱えやすい、ためやすい体質・性質なのですから企業は、恒常的にあの手この手で社員に生きることにそして仕事に前向きになれるよう風流なガス抜き方法を見出してもらえるような取り組みをしていかなくては ですね。
結果的には、モチベーションUPにもつながると思いますし。


メンタルヘルスとモチベーションUPは、Integrated(統合的)に考える必要がありますね。


2010年1月28日

今日、1月28日という日

かなり前のブログでも書きましたが現在、ペルソン営業部は3グループ編成で


1グループは研修系講演及び研修マーケットの開拓


2グループは企業が実施する講演・セミナーで販促を主旨としたマーケットと美容・健康、CSR・環境のテーマ講演の開拓


3グループは教育機関、青年会議所、行政・外郭団体の実施する講演の開拓


を各々のグループの主たるミッションとしています。


私は、営業統括としてすべてのグループに目配りをしているのですが、現在は諸事の理由で1グループと3グループ、特に3グループにウエイトを置いています。


そんな最中、3グループでは1月・2月は青年会議所と介護・福祉をテーマとした講演を実施する団体(行政・外郭団体)の開拓に力を注ごうということで、あれやこれやに取り組んでいるのですが、介護・福祉の話しになるとついつい母のことを考えてしまうことがあります。


それは、私ごとなのですが母はもう10年以上アルツハイマーの寝たきりである実の母(私にとっては祖母)の介護と実の父(私にとっては祖父)の身の回りの世話をしているからです。
相当な苦労もあるかと思うのですが父にも私、妹にもまったくと言っていいほどに愚痴などを言わない気丈な母で、頭が下がります。


それぞれの家庭・家族にドラマがあると思うのですが、鈴木家も相当に波乱万丈な家庭・家族であるのと、特に母は辛い思いも多々あったことだと思います。


そんな母も今日、1月28日で66歳を向かえます。
還暦と古希の狭間ですが、今も元気でいてくれています。
今までまったくといっていいほど親孝行をしてきていないのですが、今の私があるのも母のおかげだと心底思える昨今、感謝の思いも含め"親孝行したいなぁ" と思っています。


母も祖母に対してそんな気持ちで接しているのでしょうか?
でなければ10年以上も介護などできないですよね。。。


そんなことを思うと、1944年1月28日に母を浅草で生んで育ててくれた祖母に感謝(特に母が生まれた翌年の3月は東京大空襲があり、浅草界隈は火の海でしたからね)そして、1968年9月9日に浅草で私を生んで育ててくれた母に感謝です。



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