2017年8月23日

日本人が良いと思うサービス=外国人が良いと思うサービスではない

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先日、夏季休暇を利用し初めてヨーロッパを旅行しました。


街並みをみながら、やはり日本とは全く異なる風景が非常に新鮮でした。

 

そしてそのようなヨーロッパの魅力を感じると同時に、日本の特徴や良さも再認識。

 

こちらにとってあちらが新鮮であれば、あちらにとってもこちらは新鮮なのではないか。

私にとってヨーロッパの街並みがそうであったように、外国人観光客にとっても、京都のような街並み、神社仏閣などは日本的風景、日本的情緒として印象に残るだろうと・・・

 

ちなみにマーケティングコンサルタント高橋克典さんは、観光地だけでなく、田舎の田園風景であっても、外国人にとっては魅力的だと、ご自身の体験から語っています。

 

<高橋克典コラム 日本の田園風景に感動!?観光資源がなくても人は来る!」>

 

文化が違えば生活様式や街並みも変わります。異なる文化圏に足を運べば、街を歩くだけでも楽しいです。

そんなことから日本もまだまだ捨てたもんじゃない!と自分の国がまた好きになったのですが、その最中、小西美術工藝社社長デービッド・アトキンソン氏の記事を読みました。

 

<東洋経済オンライン 外国人が心底ガッカリする「日本の旅館事情」>

 

なんともショッキングなタイトル。

温泉旅館こそ「ザ・日本観光」と思っていた私にはとても意外でした。

 

内容としては、旅館の仕組みが外国人観光客のニーズにマッチしていない、という外国人の立場ならではの指摘です。

言われてみれば確かに納得。

 

近年、訪日外国人観光客数は増え続け、昨年は2400万人を超え、国としてインバウンドに力を入れているのは広く知られているところですが、一方で意外とこうしたミスマッチがあることは知られていない、気が付かないのではないでしょうか?

 

そんな話を知って思い出したのが、株式会社ジャパンインバウンドソリューションズ代表取締役社長・中村好明さん。

 

ドン・キホーテのインバウンド責任者を務めた際、そうした観光客の課題に気付き、インバウンド売り上げを10億円からわずか5年で400億円へと急拡大させた人物です。


ドン・キホーテは深夜も営業しており、夜も遊びたい観光客の需要を取り組んだというのはありますが、それだけではなく様々な工夫がありました。


例えば「ようこそ!マップ」と呼ばれるエリアマップ。

 

当初は、ドン・キホーテの店舗とホテルの位置を記載しただけの地図だったそうですが、ニーズにあわせ、会社の垣根を越えて地域で連携し、街のグルメ情報や観光情報も盛り込んだ一大マップとなりました。

 

その他にも、多言語対応の接客シートと音声ペンを導入するといった取り組みも。

 

ドン・キホーテの店舗にいくと、多言語でアナウンスが流れます。

それだけではなく私たちの知らないところで、実は様々な外国人観光客向けのサービスが登場しており、それらがインバウンド売上に繋がっていたのです。


中村好明さんが伝えるポイントは、地域で連携し「点から面」でインバウンドに取り組むことの大切さ。

現在は、日本を観光立国とすべく、全国の自治体や企業とのネットワークづくりに現在積極的に取り組んでいます。

 

夏休みシーズン。国内外様々な場所に旅行に行かれる方も多いかと思います。

旅先での楽しみとして、観光客をもてなすために、地域がどのように連携しているのかに注目してみると、また違った町の魅力や想いが見えてくるかもしれません。


2017年6月27日

経営理念を現場に浸透させる「制服」のチカラ

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現場との対話の回で、カッシーナ元社長・高橋克典さんが、配送部隊に「制服」を支給したストーリーを紹介しました。


高橋さんの企業の現場におけるミュニケーションの考えは、コラムでも紹介されていますが、経営者が経営方針を一生懸命考える一方、実は現場はよく理解できていない。そこで「制服」がサービス向上の効果を発揮する。というブランディングの視点の1つです。


さて、これはカッシーナでのお話。見方によれば、「カッシーナって高級家具の会社でしょ。外資系企業の外国人従業員の話でしょ。」というご意見も出るかもしれません。


そこでもう1例、もう少し身近なところでご紹介したい「制服でサービス向上を実現させた事例」があります。


制服のリニューアルが生み出した「7分間の奇跡」

JR東日本の新幹線の清掃を行う「JR東日本テクノハートTSSEI」。


TESSEIは、短い時間で新幹線の清掃を行う様子は「7分間の奇跡」として、CNN等の海外メディアに取り上げられるなど、質の高いサービスが注目されています。


そんなTESSEIの質の高いサービスを生み出す仕組みを生み出したのが、矢部輝夫さんです。


矢部さんがTESSEIの経営企画部長に就任した当時、同社は従業員の定着率も低く、事故やクレームも多い状態でした。会社に活力を感じられなかったそうです。


しかし矢部さんが現場を見て回ると、各々一生懸命掃除に取り組んでいます。「活力が無いのは、マネジメントのせいだ。」そう考えた矢部さんは、同社を単なる清掃ではなく、「トータルサービス」を提供する集団に変革させようとしました。


「掃除をする会社ではなく、旅の思い出を作る会社へ。」


スピーディーな清掃だけでなく、1列に並んでのお辞儀など、新幹線ホームでご覧になったことのある方も多いと思います。


制服で現場に理念を伝える

とはいえ当時の従業員=いわゆる「掃除のおばちゃん」たちは、このトータルサービスの考えに対し、「私たちの仕事は掃除。なんでそんなことをしなくてはならないのか。」と、受け入れなかったそうです。


話は変わりますが、ヤマト運輸元会長の都築幹彦さんも、宅急便という新規事業を始める際の3つの壁の1つとして、「社内の反対」を挙げています。新しいこと、変革を始める場面に置いては、社内の反対はつきもの。経営における理念・ビジョンの大切さは注目されていますが、それを実現させるのがいかに大変かを物語るエピソードです。


こうした状況を振り返り矢部さんは、理念を実現させるための「仕組み」が重要と言います。そこで理念を現場に浸透させるための手法の1つとして、清掃チームの「制服」をリニューアルします。


制服が従業員の意識を変える

理念を浸透させるためになぜ「制服」なのでしょうか?


それまでの制服はダボダボした「つなぎスタイル」のザ・清掃員という制服でした。そこで矢部さんは、カタログの中から清掃業ではなく、「サービス業向け」のユニフォームを選び、シャツ・パンツ・帽子のスタイルへと変えたのです。


現場に新たな制服を支給すると、乗客からの評判も良く、意識は次第に清掃→サービスへ変わったと言います。


勿論、意識改革の背景には評価制度などの数多くの工夫がありますが、制服は重要な戦略の1つだったのです。


制服効果は万国共通?

以前、グリコのポッキーのインドネシア進出がテレビの特集で取り上げられていました。


マネジメントしにくい現地の販売員を団結させるため、「Pocky」と入った赤いポロシャツの制服を支給したところ、格好良いと好評で現場のモチベーションが上がったと言います。


制服に限らず私たちは日常生活でも、下したての服を着ると気合いが入るという感覚を持っています。


これらの制服・ユニフォームがもたらす効果は、心理学の世界でも実証されているそうですが、冒頭のカッシーナのエピソードしかり、万国共通なのかもしれません。



今回は、制服による意識改革とサービス向上の事例をご紹介しました。


逆に制服が格好悪い・不評となると、従業員満足やサービスを低下させるとも言えます。日本一休みが多い会社として有名な未来工業では、社員の「ダサイ」という不満から制服を無くしてしまったという話も。


何気なく目にする制服。実は経営理念を表現する大事なツールと言えます。


2017年6月 5日

「そのアイディアは世界にスケールするのか?」という問い

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前回「すき間」を狙うHISの視点についてお伝えしました。

すき間=「ニッチ」。他人がやっていないところを見つけ、それに工夫して取り組むのか。「何か"ニッチな新しいビジネス"は無いか」と日々考えを巡らせている方も多いかもしれません。


しかしニッチビジネスを攻める!という潮流がある一方で、逆に「ニッチは狙うな」と提言をする人もいます。

ニッチを狙うな?ネットビジネスの世界から

ソフトバンク前社長室長の嶋聡さん。孫正義の参謀と呼ばれ、同社急成長のキーパーソンとなった人物です。嶋さんは言います。

「すき間はすき間のまま終わることが多い。」

ソフトバンクといえば積極的な投資戦略が有名です。その中で嶋さんは、ソフトバンクがインターネットの世界で同社が成功している理由として、その事業が「世界にスケールするかどうか」を重視していることを挙げます。

<嶋聡(しまさとし)>松下政経塾二期生として松下幸之助塾長に直接教えを受ける。1996年から2005年まで衆議院議員。3期連続当選の後、「政から民へのトップランナーになりたい」と孫正義社長を補佐するソフトバンク(株)社長室長に就任。以後、2014年までの8年3千日でソフトバンクを売上高1.1兆円から6.7兆円のグローバル企業に飛躍させ「孫正義の参謀」と呼ばれる。2015年6月、孫正義社長が後継者指名をしたのを契機にソフトバンク(株)顧問を退任。詳しいプロフィールはこちら

インターネットの世界は参入障壁が低いため、一度始めたらスピードと、規模で一気呵成に広めることが、成功のポイントとなります。

例えば、アリババへの投資の際、ジャック・マー氏自身は、地元杭州域内での事業のため2億の出資を希望したのに対し、孫正義氏は20億円を出資し、全中国でやるよう促しました。

元グーグル日本法人社長の辻野晃一郎さんも、同様に「世界にスケールする」というキーワードをよく使われます。グーグルはイノベーティブな企業として有名ですが、新商品の提案をする際、米国の幹部によく問われたそうです。

「そのアイディアは世界にスケールするのか?」

イノベーションとは広く普及することを前提とするため、世界にスケールしなくてはならないという考え方が根底にあるのです。

<辻野晃一郎(つじのこういちろう)>84年に慶応義塾大学大学院工学研究科を修了し、ソニーに入社。88年にカリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。VAIO、デジタル TV、ホームビデオ、パーソナルオーディオ等の事業責任者やカンパニープレジデントを歴任した後、2006年3月にソニーを退社。 翌年、グーグルに入社し、グーグル日本法人代表取締役社長を務める。2010年4月にグーグルを退社し、アレックス株式会社を創業。現在、同社代表取締役社長兼CEOを務める。詳しいプロフィールはこちら


世界に挑む中小企業
とはいえ、ソフトバンクもグーグルも世界的な大企業。それもインターネットの世界での話。


日本の企業は99%が中小企業で、主にはサービス業と製造業が中心という中で、世界にスケールと言っても・・・・・・というのが正直なところです。

しかし世界に挑戦する中小企業も存在します。

例えば、ハンドバッグブランドのバルコス(barcos)。鳥取は倉吉に本社を置きながら、メイドインジャパンのブランドとしては珍しく、伊勢丹新宿本店や、アメリカ最高級百貨店「ニーマン・マーカス」等で取り扱われています。

バルコスは1991年創業。

創業者である山本敬さんは、当初より世界で認められるブランド作りを目指してきました。従業員数37名ながら、2007年には最新トレンドを入手するためイタリア事務所を設立。そこに日本的な感覚や技術を取り入れた商品開発を行い、国際的な展示会に積極的に参加してきました。

その結果、世界最大規模のハンドバッグ展示会「MIPEL(ミペル)」に日本ブランドとして唯一継続出展し、デザイン賞等過去3回受賞。こうした世界的な展示会で認められることで、世界から注目を集めています。

バルコスはハンドバックというニッチな分野を取り扱っています。しかし当初より「世界へに通用する」ことを目指してきました。

<山本敬(やまもとたかし>1991年、地元倉吉にUターンし、バルコスを創業。高品質の商品をスピーディーに供給する独自のスキームで事業を拡大する一方、日本らしさや、日本の職人技術とクリエーションをコンセプトとしたオリジナルブランドも展開。創業二十数年で世界的ブランドへと成長させた。現在は、大手百貨店からセレクトショップまで様々な商材を展開。またOEM、ODM等多岐多様に渡る販路に商材を提供し、倉吉から世界に向けて日本ブランドを発信し続けている。詳しいプロフィールはこちら

「ニッチを狙うな」というのは、ある意味ネットビジネスならではであり、そうでない中小企業にとっては少々極端な話です。

ただしその裏にある「世界にスケールするかどうか」の視点は、ボーダーレスな世界、人口減少時代の日本においては特に、企業規模や業界に関わらず、これからのビジネスを考える上で、共通する成功のポイントかもしれません。


2017年4月26日

格安航空券H.I.S.のすごい「すき間戦略」

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先月から話題になっている海外格安ツアーのトラブル。業界の厳しい環境を知るきっかけにもなりました。このニュースを見ながら頭をよぎったのが、格安航空券を武器に急成長したH.I.S.のこと。厳しい環境の中でも地位を維持し続けているなぁと、そのすごさを改めて感じます。


さて、そんなすごさの一端を語ってくれるのが、H.I.S.がまだ無名で、社員も全国で25人しかいなかった創業3年目の頃、創業者の澤田秀雄さんから福岡営業所の責任者に抜擢され、急成長のキーパーソンとなった大野尚さんです。


<大野尚>学生時代のヨーロッパ旅行をきっかけにイタリアに遊学、精力的に世界を巡る旅を始め、これまでに訪れた国は121か国。様々な仕事を経験した後、偶然の出会いがきっかけで当時は無名だった旅行会社エイチ・アイ・エス の創業に参画。九州・中国地方を自ら切り開き、独立採算制の下、年間3000万円に満たなかった九州中国内の売上を百数十億円まで伸ばす。2004年より自己の会社ビッグ・フィールド・マネージメントを設立。詳しいプロフィールはこちら


ただ安いだけじゃダメだった

H.I.S.の創業は1980年。今でこそインターネットを使えば個人でも自由に安く航空券を手配できる時代ですが、当時の格安航空券となれば個人ではそう簡単にお目にかかれなかったはず。


さぞや需要があっただろう・・・


と思いましたが、大野さんのお話を聴くと、実は当時の福岡営業所は300万円の赤字。

ただ格安航空券を売れる、というだけで商売になるほど甘い世界では無かったようです。


独立採算制で赤字は自分で被らなくてはいけない状況。しかも営業所はアパートの1室で、スタッフはアルバイトを含めて3人。人・モノ・カネがとにかく無い。そんな中、大野さんは「とにかく前に進むしかない。福岡ナンバー1、九州ナンバー1になろう!」と決意します。


一切売り込まない旅行説明会

まずは福岡市内の大手旅行会社の店舗を歩き周ってみることにした大野さん。お客さんとして他者の店舗に入って旅行に関する質問をし、対応の研究し始めました。しかし質問してみると、窓口の担当者は「ちょっと待ってください」と、すぐに答えられません。


「自分たちの提供するサービスについてすぐ答えられないのか・・・」


当時の福岡営業所のスタッフは、大野さんを含め、皆バックパッカーや遊学経験者の集まり。旅先のことは実体験から当り前に答えられる面々でした。そこで大野さんは気付きます。旅の経験豊富なスタッフの生の情報。そこに勝機となる大手との「すき間」を見つけたのです。


このすき間を狙って始まったのが月1回の「旅行説明会」。

スタッフの実体験から、「いかに旅が楽しいか」だけを伝える説明会。サービスは一切売り込みません。しかし生の情報に触れた参加者たちは、一切売り込みを受けないにも関わらず、半年、1年後には買ってくれるように。

つこのユニークな取り組みはメディアでも取り上げられ、大手さんからもお客さんを紹介してもらえるようになったと言います。


H.I.S.のすき間を狙った企画はその他にも。例えば、ビジネスクラス、ファーストクラスでの世界一周航空券。世界一周自体は以前からありましたが、ビジネス・ファーストで、というのは無かったそうです。しかもビジネス・ファーストなら10%値下げしてもビジネスになる・・・ということで、これまでに無かったリッチな世界一周を発案し、人気企画に。こうした例は枚挙にいとまがありません。


"すき間"を見つけ続けるH.I.S.
こうした考え方は、やはり創業者の澤田秀雄さんの影響が大きいようです。その勢いは、ハウステンボスの再建や、昨今話題のロボットが案内してくれる「変なホテル」等、留まることを知らず。格安航空券でスタートした同社が今日でも元気なのは、変わりゆく時代の中で「すき間」を見つけ続けているからかもしれません。


2017年4月 2日

ヤマト運輸値上げと、宅急便を成長させてきた「信頼」

運賃値上げや配達時間帯の変更をはじめ、連日ニュースに挙がるヤマト運輸。ネット通販の普及によるものとされていますが、一市民として今後の対応が気になるところです。


さて、その宅急便の仕組みを、当時の小倉昌男社長と共に開発し、その後3代目社長も務めたのが都築幹彦さん。著書『どん底から生まれた宅急便』(日本経済新聞出版社)では宅急便誕生の舞台裏を明らかにしています。


宅急便の歴史をみても、物量や値上げは、切り離せない課題であることが分かります。

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「信頼こそ商品である」と語るヤマト運輸株式会社元代表取締役社長 都築幹彦さん

<都築幹彦>1929年東京都生まれ。1950年にヤマト運輸に入社。以後運輸畑ひと筋を歩む。1976年、2代目小倉社長の右腕として、当時の業界常識を破り、市民の小荷物を運ぶ「クロネコヤマトの宅急便」を発想し、開発。社内の反対や、関係省庁の規制の壁を越え、全国翌日配送を実現させた。サービス開始初日、11個の荷物しか集まらなかった宅急便だったが、今や年間18億個を超える荷物を運んでおり、ヤマト運輸を日本を代表するサービス会社に成長させた。1987年代表取締役社長(3代目)に就任。

詳しいプロフィールはこちら

 

物量を増やすことが新規事業宅急便の命題だった

現在ヤマトが運んでいる荷物は、年間なんと18億個!途方もない数です。これだけの量があれば、それは対応にも限界が来るだろう・・・と思いますが、そもそも宅急便開始当初、成功の鍵は、物量をいかに集められるかにありました。

 

かつて宅配は民間ではできない、というのが業界の常識でした。ごそっと運べる商業貨物だから商売になるのであって、1つ1つの小荷物を個人宅から個人宅まで運ぶのでは採算が合わない、という業界神話があったのです。

 

しかしヤマトは他社との差別化のため、宅配事業を始めます。1つ1つの荷物では赤字になるが、数が増え、地域から地域にごそっと運べば黒字になる......そして、15年かけ全国ネットワークを構築し、スキー宅急便、ゴルフ宅急便、クール宅急便といったサービス商品も生み出すことで、物量を増やし、見事宅配を事業化させるに至ります。

 

そもそも宅急便事業は、相当の物量があればこそ成り立つ新規事業だったのです。

 

過去もあった値上げ騒動

ヤマトの値上げは、過去にも1度ありました。


サービス開始当初より物量を伸ばし続けていたヤマトは、今から27年前、バブル時代にあって、今回のように人手不足に陥ります。そんな中、値上げに反対する当時の小倉社長を説得したのが、現場の疲弊を危惧した都築さんでした。

 

物量の増加が命題であれば、時代・景気の変化とともに訪れる人手不足もまた宅急便の宿命であると言えます。値上げは過去1回だけというのは、逆に言えば、それまで時代の変化に対応し続けてきたとも言えるかもしれません。

 

宅急便の本質は信頼

都築さんは、宅急便を語る上で、「信頼こそ商品である」と言います。

 

ヤマトの信頼は、「全国翌日配達」です。宅急便誕生当時、市民の小荷物は郵便局のみが扱っていましたが、郵便局で出してもいつ着くか分からない、という状況でした。そこでヤマトは市民に喜ばれるサービスを目指し、全国翌日配達を行うことで、郵便局に挑戦したのです。

 

そうして市民の心を掴み、物量を増やしてきた宅急便。私たち市民は暗黙のうちに、全国どこにでも明日届く、と思って荷物を預けます。そして、その信頼を実現させているのが、現場のドライバーの方々です。だからこそヤマトでは単なるドライバーではなく、「サービスドライバー」と呼んでおり、実際その現場力の高さはよくメディアでも取り上げられる程。宅急便=信頼=サービスドライバーなのです。

 

現在、物量が増え過ぎたため、ドライバーを増やさないといけないが、なかなか人が集まらない、しかし翌日配達できなくなるようなことがあれば、これまで築き上げてきた信頼を落とすことになってしまう......

今回の27年ぶりの値上げの発表からはそんな葛藤がうかがえます。


2017年3月 7日

「当り前」を浸透させる営業革新―キリンビール高知支店、ハーレーダビッドソンジャパンの実践から―

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昨年2016年に出版され話題になったある本があります。

『キリンビール高知支店の奇跡 勝利の法則は現場で拾え!』(田村潤著/講談社)。

地方の支店が理念と現場力でV字回復するストーリーが話題を呼び、新書としては異例の21万部を突破。書店でご覧になったことのある方も多いのではないでしょうか。


キリンビール高知支店をV字回復させた「バカでもわかる単純明快」
1995年当時業績が落ち込んでいたキリンビール高知支店の支店長に就任した田村潤さん。


就任時、結果が出ない理由を、できもしない目標をどんどん下してくる本社が悪い、能力の低いメンバーが悪いと、当事者意識に欠ける「負けている組織の風土」がありました。一方、田村さんが原因を酒販店からは「キリンよりアサヒのセールスの方が一生懸命回っている」という声が。シェアを取り戻すには信頼を回復する必要がある⇒信頼を回復するには営業の訪問数を増やさなくてはいけない。高知県の料飲店は約2000、営業マン9名でカバーするには月200件訪問しなくてはいけない、ということが分かりました。


しかし当時の訪問件数は月30-50件。そこで田村さんは支店の壁に1枚の紙を貼ります。「バカでもわかる単純明快」。当時、本社から様々な施策が出ていましたが、料飲店営業への戦略に絞り、信頼を回復するためには200件回らなくてはいけないという単純な考え方に徹底させました。その上で、目標に達しない場合、原因を追究・改善していく「結果のコミュニケーション」も実施。4カ月もすると、営業マン達も「とにかく訪問する」という活動に慣れはじめ、次第に数をこなせるようになり、料飲店側との信頼関係が築かれるようになりました。


そして、この信頼関係と、そこで得られた顧客の声から、その後高知支店では、地域密着の様々な施策を次々と展開。ついには一度アサヒに奪われたシェアを奪回してしまうのです。


<田村潤>キリンビール入社後、岡山工場労務課、本社人事、労務部門を経て、1995年、高知支店長に就任。当時、同社内でも最下位ランクの業績だった高知支店において、企業理念の浸透、それに基づいた行動スタイルの改革を行い、支店長就任6年後、県内トップシェアを奪回、V字回復させた。その後、四国、東海地区の営業本部長としてそれぞれの地域のシェアを反転させ、本社代表取締役副社長、営業本部長に就任。高知、四国、東海で学んだ「勝ち方」を全国で展開し、2009年、ついに全国でのキリンビールシェア首位奪回を果たした。

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19年間連続成長を達成したハーレーダビッドソンジャパンの「凡事を非凡に徹底」する営業革新
大型オートバイのハーレーダビットソンを日本で販売するハーレーダビッドソンジャパン(HDJ)。その社長に就任した奥井俊史さんは、オートバイ市場全体が縮小していく中で、19年連続成長を達成します。その背景には、「与えられたものを売る」という販売における凡事の徹底がありました。


例えば、社長就任当時、冬にはオートバイは売れないという通説がありました。冬には雪が降り、地面が凍り、オートバイに乗るのは危険で、お客様はオートバイに乗れないから、店に来れないし、売れない。という理屈で、実際多くのオートバイ販売店は1年を半年の活動でまかなっていたところが多かったと言います。

「売る」という凡事を徹底する上で、冬だからと言って販売を放棄してはいけない。そう考えた奥井さんは、冬場に展示会や試乗会を開催。当初「常識がなさ過ぎる」と非難される中、蓋を開ければ、予想以上に売れたという事実。言われてみれば当たり前ですが、「乗る」ことと「売る(買う)こと」を混同してはいけないという実践結果に基づく意識改革を行ったのです。


業界の固定観念にとらわれず、「売る」という単純な目標のために何をすべきかを徹底する改革により、縮小するオートバイ市場の中で、なんと19年間連続成長を達成してしまうのです。


<奥井俊史>1990年ハーレーダビッドソンジャパン代表取締役就任。就任当初、全盛期の6分の1までに縮小していた国内オートバイ市場にあって「イベントマーケティング」や「独自のCRMシステムの構築・活用」など、さまざまな施策を考案。「パーツが無い」「壊れる」といった従来のイメージを大きく変え、ものではなく、価値を売る営業改革を実行した。2000年には751CC以上、2003年には401CC以上のオートバイ登録台数でトップシェアを記録。就任中は、19年間連続成長を達成。

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今回は、ビールとオートバイという全く異なる業界の営業・販売戦略の事例の一部をご紹介しました。


共通点として、


●業績の上がらない組織には、売れない原因を自分ではなく他者や周りの環境に置いてしまう傾向があり、そのために本質的な原因が分からなくなってしまっている、という雰囲気がありました。
●その上で、慣れてしまった考え方・固定観念を打ち壊すには、これまでの習慣を見直し、「"売る"ために何をすべきか」、という「当り前」のスタートラインに、まず立ち戻ることで、意識改革、行動改革、営業改革が始まっています。


「当り前のことを当たり前に」というのは、新人研修でも良く言われることですが、個人に留まらず、組織においても重要なキーワードと言えます。


2016年12月 6日

業績をV字回復させてきた経営者たちの「現場との対話」

 こんにちは。経営講演を担当しています中村です。年間300件近くの講演会と関わり、様々な講師のお話を聴講する中で、成功した経営者には、「共通点」があることが分かりました。このブログでは、そんな成功した経営者の共通点を紹介していきます。


 今回取り上げたいのは、「現場との対話」。企業の急成長、V字回復の舞台裏には、経営者が現場とコミュニケーションをとる、といった場面が数多く登場します。どのような現場コミュニケーションがあるのか。4名の経営経験者の実際の取り組みからご紹介します。


カッシーナで現場社員の活力を引き出した高橋克典元社長

 イタリアの高級家具メーカー・カッシーナ。その社長を任されたのが高橋克典さんでした。

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<高橋克典(たかはしかつのり)>1980年(株)ハナエモリ入社。同社にてマーチャンダイジング、マーケティングを担当。その後コンサルティング会社を経て、2001年より(株)シャルルジョルダン、2007年より(株)カッシーナ・イクスシー、2011年よりWMFジャパンコンシューマーグッズ(株)の代表取締役社長を歴任。衣食住に関連した世界の一流ブランドで、マーケティングや経営に携わり、数々の実績をあげている。

詳しいプロフィールはこちら


 限られた期間の中で収支を改善しなければ即刻クビ、というのが雇われ社長の立場。業績アップのヒントは現場にあり!そこで高橋さんは、就任翌日からお弁当を持って、工場や倉庫に足を運び、車座で社員たちとお弁当を食べながら、現場の話に耳を傾けました。歴代社長が工場や倉庫に来るということがほとんど無かったようで、非常に喜ばれたそうです。


 一方、現場を見た高橋さんはあることに気付きます。高級家具を製造している工場に相応しい職場環境になっているのか?お客様のリビングルームや寝室まで家具を届ける役割を担う配送部隊の服は清潔か?そこで工場の環境整備をし、明るい場所にラウンジルームをつくり、配送部隊には、会社から格好良い新しいユニフォームを支給し、輸送トラックも新たにペインティング。ちょっとしたことですが、現場社員からは、経営者が自分たちのことを見てくれているという意識が高まり、また高級品を扱っているという誇りを持って仕事に取り組むようになり、会社に対する満足度や士気が格段に上がったと言います。これが"高橋流"最小限の投資でできるブランディングだそうです!


はとバスをV字回復させた宮端清次元社長
 黄色いバスでお馴染みのはとバス。かつて経営危機に陥った時期がありました。その再建を任されたのが宮端清次さんです。

 宮端さんが力を入れたのは「顧客満足」を越えた「顧客感動」。その一環として行ったのが、バス出発前の運転手の挨拶でした。それまでバスガイドが挨拶をするのは一般的でしたが、運転手が挨拶をすることで意外性を感じてもらおうという狙いがありました。

 しかし、運転手が挨拶をするという習慣が無く恥ずかしがり、なかなか率先して行えません。そこで宮端さんは、好楽シーズンは、自ら休日の朝一番で現場に行き、4時間130台のバスに乗り込んで挨拶をしました。その結果、社長がやるのであれば、ということで運転手も挨拶を行うようになり、お客様からも運転手が挨拶してくれるとは思わなかったということで、実際満足度が上がったと言います。また現場に通うことで、現場社員の名前を憶え、名前を呼んで「頼むよ!」と声掛けできるようになりました。社員の立場からすれば、「自分が役に立っている」と感じ、やる気が高まったといいます。欠損金20億を4年で解消した取り組みの1つです。

<宮端清次(みやばたきよつぐ)>1998年、東京都庁の役人から倒産寸前の(株)はとバス社長に就任。「会社を潰したくなかったら耐えてほしい」と訴え、徹底した顧客サービスと社長以下全社員の賃金カットを断行。役人らしからぬ攻めのコスト改革と、全社員が危機感と使命感を共有する意識改革を行う。初年度で黒字化、わずか4年で累積を一掃し、同社を再建した。

30年赤字続きだった蝶理を再建した田中健一元社長
 老舗商社の蝶理。かつて30年間赤字が続き、借金1000億を抱え、倒産危機に直面していた時期がありました。誰もが再建は無理と思う中、見事それを成し遂げたのが当時東レインターナショナルの社長を務めていた田中健一さんです。

 田中さんが蝶理の社長に就任する際、実は再建ではなく、借金を減らして畳むという役割でした。しかし、田中さんは社長として再建に向け奔走します。なぜそのような方向転換ができたのか。それは現場社員へのヒアリングがきっかけでした。

 蝶理の社長就任当初、現場社員へ片っ端からヒアリングを行いました。すると意外にも優秀で、どうすれば会社が良くなるかを一生懸命考えている社員が多くいることが分かりました。そんな社員の話に胸が熱くなると同時に、上に立つ者が現場の声を聞けていない、人材を生かせていないという問題に気づきます。そこから不可能と言われた蝶理再建に向けた組織改革が始まり、1000億円の借金を1年で完済することに成功します。

<田中健一(たなかけんいち)>1962年東レ(株)入社。1992年、東レインターナショナル(株)に移籍し、99年社長に就任。年商500億円を10年で3000億円に育て上げた。2003年、蝶理(株)の社長に就任。30年間赤字続きで誰もが再建不可能とみていた同社にて、1年で借金1000億円を全額返済し、黒字化に成功した。

リソー教育を特設注意市場銘柄の逆境から復活させた企業変革のプロ・皆木和義さん
 学習塾トーマスなどでお馴染みのリソー教育(東証一部)。リソー教育は約2年前、東証から特設注意市場銘柄に、その後監理銘柄に指定されました。そのとき再建と経営改革を託されたのが、リユースのハードオフコーポレーション社長などを務めた企業変革と経営再建のプロの皆木和義さんです。

 皆木さんは当時のリソー教育をみて、とても良い社員が沢山いるにもかかわらず、本業や風土、幹部の意識、従業員のベクトル等、様々な場面でぶれを感じました。そこで再建のため、財務基盤を至急に安定させると同時に共通の価値観である経営哲学や理念等の見直しに取り掛かります。その過程で、現場へのヒアリングを丁寧に行うとともに会社と全従業員のベクトルを統一し、「すべては子供たちの未来のために」という理念に邁進する組織へと改革を主導しました。

 現場主義の実践と組織(経営)のあるべき姿を追求し、またそれを実践する仕組みづくりを行うことで、全社一丸となって1年半で見事特設注意市場銘柄・監理銘柄から復活させ、同時に、教育の理想を追求する素晴らしい会社に変貌させました。

<皆木和義(みなぎかずよし)>経営再建のプロフェッショナルとして、様々な企業の経営や故郷岡山の応援、再成長戦略等に携わる実践派コンサルタント。2014年、(株)リソー教育副社長に就任。当時特設注意市場銘柄に指定され破綻の危機に瀕した同社にて、コンプライアンス重視の経営、ガバナンス経営を実現する組織改革を行い、全社一丸となって、1年半で見事復活させた。


 経営という様々なエッセンスの中のごく一部ではありますが、いずれも「現場との対話」によって、経営の活路を見出している事例です。今回はご紹介しませんでしたが、元ヤマト運輸社長・都築幹彦さんも「経営者には現場の声がなかなか伝わらない。皆良いことしか報告しないもの。"報連相"というのは当たり前ですが、意外と難しく、とても大切なことなのです」とおっしゃっていました。
 日々お忙しくされている経営者の皆様にとって、現場との対話は容易ではないかと思いますが、今回ご紹介したような現場がきっかけになっての成功例もあるということ、経営に携わる皆様のご参考になれば幸いです。