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2006年9月 アーカイブ

2006年9月 1日

古賀稔彦という男

 92年バルセロナオリンピック男子柔道金メダリストの古賀稔彦さんとは今の事業を通じて、4年ぐらい前から交流を持たせていただくようになりました。
 たまたま同い年ということもあって、時には仕事以外の話もしたりし、個人的にとても刺激を受けています。

 最近ですとアテネ五輪の時にコーチを務めていた谷本歩選手(04年アテネ五輪女子柔道金メダリスト)を金メダルに導いた指導者として、記憶に新しいと思います。

 とにかく魅力的な男です!

 下の写真は、古賀さんの運営する町道場、古賀塾師範室でのワンショット。


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 名選手名監督にあらず、という言葉がありますが、古賀さんには全く無縁な言葉です。これからもたくさんの優秀な柔道家を輩出してくれることでしょう!

 私が古賀さんから学んだ一番のことは、「人間の可能性」です。人間に限界はない、思考、五感をフル活用すれば、必ず道は開ける、そんな感覚を会うたびに感じさせてくれます。
 いつまでもそんな古賀さんでい続けてください。お互いに死ぬまで切磋琢磨して行きましょう!

 ↓ 大推薦本!!古賀さんの著書「精神力」(現在重版されていないようで残念です・・・。何でこんな素晴らしい本が重版されないのか(−−)・・・?)です。
 自己克服法や新たな自分との出会いの仕方など、珠玉の一冊です。


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 最後にPR!!
 古賀さんと私が対談をした時の記事です(前もってですが。。。、私の顔がやたらと酔い顔で、スミマセン<(_ _)>・・・(照笑))   ↓
 古賀稔彦、渡邊陽一の対談模様!

 古賀稔彦の講演依頼情報

 

 


2006年9月 4日

八起会 野口誠一先生

 今日、ライブドア前社長堀江貴文さんの初公判が行われました。公判結果は当然気になるところですが、何よりライブドアという会社が今でも存続し続けられているというところに、私は注目をしています。  
 現社長の平松庚三さん始め、現経営陣の方々の弛まぬ努力があってこその、存続ではないでしょうか。

 
 さて、世間では全く話題に昇ることもなく倒産をして行く会社が、あまたあります。
 倒産と、一言でいってしまえば簡単なことですが、中には自殺、家庭崩壊、夜逃げ、といったとても悲しい事態まで引き起こしてしまう倒産も少なくありません。
 そんな事態にまで追い込まれてしまった経営者は、全く身動きが取れない、というのが事実です。


 そんな経営者のための相談の場、「八起会」という会があります。


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 主催をされている野口誠一先生は、25歳で玩具メーカーを設立され、年商10億円以上を売り上げる企業にまで成長をさせながら、ご自身いわく「放漫経営がたたり」、1977年倒産を経験されます。
 倒産を機に、先生は「心の再起」「自殺防止」を二大テーマに「八起会」を発足されるわけですが、現在でも八起会の電話が鳴らない日は無いようです。
 
 野口先生にお会いし、講演や著書に触れて実感したことがあります。それは、、、
 「経営は全て人の心、欲に起因している」
 ということです。


 先生の差し出される名刺にはこう書かれています。
 八起五測
 一、早起き
 一、笑顔
 一、素直
 一、感謝
 一、いい出会い


 経営は人間の科学である、ということを言われている経営者の方がいらっしゃいました。


 私も日々、自身の心をチェックしていきたいものです・・・

 
 最後になりますが、野口先生は講演の最後に合掌をされます。これは今生かされていることへの感謝の表現のように、私には思えてなりません(先生に理由を聞いたことはありませんが・・・)。


 これからも、窮地に陥った方々のために、野口先生お身体ご自愛に上、がんばってください!

 野口誠一の講演依頼情報

 
*写真は野口誠一先生著「生きてこそ」(すばる舎刊)
 
 
 
 

 


2006年9月 6日

戦場カメラマン 渡部陽一

 世の中にはいろいろなやつがいるが、こいつは久々に会った”良き変人”だ!(^^)!
 名前を渡部陽一という。
 私と漢字一文字違いの同姓同名で、かつ出身大学まで一緒、なおかつ浪人の回数まで一緒なのだ・・・ちなみにお互いに2回ほど。。。(汗)


 陽一は定期的に世界各地の戦場を回り、現地の状勢を各メディアを通じて伝えている。やつが戦場に向かう度に、もうやつと会うのは最後かもしれない、とそう思いながらよく酒を酌み交わす。

 やつと会っているとよく、こんなことを感じる・・・

 こいつ戦場を怖がっていないな・・・ 

 戦場での取材は、取材をすること自体がやつ自身なんだな、と。
 仮に私が戦場に取材で向かうとなれば、それ自体が恐怖となり、まず行くか行くまいかを思考してまう。それでは、戦場カメラマンにはなれないのだ。戦場での状勢を伝えることは、やつの天命のようなものなんだな。

 
 やつの好きな言葉「死して屍、拾うものなし。」

 
 やつとは、こんなエピソードがある。
 西麻布で夜中の2時頃まで飲んで、さあ、帰ろうとなった時。やつの自宅は横浜、私が青山。
 泊めてやるか、とやつの目を見た瞬間・・・!やつの瞳の奥にはこう書かれていた、「陽一兄さん、私に泊まれといわないで下さい。私は歩き、寝たいところで、寝ます」と。
 その瞬間に私は踵を返し、ひとり自宅に帰ったのだが、翌日、別れた後のことを聞くと、案の定、どこかの路上で一夜を過ごしたそうだ。
 こういうやつだ。

 
 陽一とはいつまで酒を酌み交わせるか分からないが、たのむ、現世にいる限り、たくさんの価値観を世の中に伝え続けてくれ!
 応援しているよ。


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陽一の価値観を知りたい方!
渡部陽一の講演依頼情報
まで!


2006年9月 8日

ミッキーとのこと

 今日はミッキーとのことを、少し書いてみたい。

 私が、講演依頼ドットコムという事業を創業できたのは、もちろん自分自身の努力もあるが、実は表面に表れ憎い、たくさんの縁、サポートに寄るところが多い。

 ミッキーこと、山本光宏さん。

 この方との縁がなければ、講演依頼ドットコムが世に出ることもなかったと思う・・・。


 山本さんはプロトライアスリートとして、80年代の半ば頃から日本のトライアスロン界を牽引してきた大立役者である。車との接触事故による、頚椎骨折という大怪我の後、見事不死鳥がごとく復活したことは、トライアスロン界ではとても有名な話である。この復活劇はスポーツジャーナリストの故山際淳司氏のノンフィクション作品のひとつにもなった。

 
 ある方の紹介で95年頃知り合い、マネジメントをすることになった(その当時の私(ペルソン)は新聞広告の代理業をメインに山本光宏さん他、スポーツ選手のマネジメント業を本業としていた)。
 山本さんのマネジメントは主に、従来から山本さんを応援されていたスポンサーさんとの対応と新規スポンサーの獲得だった。

 
 2000年前後、時は折りしもITバブル。
 ITをかなり意識していた私は、山本さんの講演依頼を引き受けていて、ふとっ、思うところがあった。
 まてよ、いろいろな人を経由して山本さんの講演依頼が来るけど、これをワンストップで行えたら、依頼をする方からしたらどれだけ楽なことだろう。

 
 このふとした思い付きが、講演依頼ドットコムへと繋がっていった・・・


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 人と人は時に争い、仲違いをし、別れることもあるだろう。
 だが、実は別れることになった相手との縁が後々の自分を形成していることがたぶんにある。そして今現在の自分は、あの時の縁がなければ存在していないことに、後々気づくものである。
 だからこそ、過去の縁は大切にするべきだと思う。
 そしてその方が、人はいつまでも謙虚でいられるし、謙虚でいられれば、より現在の縁を大切にできるわけだから、これまで以上に未来は明るいはずだ。


 今ミッキーと仕事をすることは、昔ほどはないが、ミッキーとの出会いを心から感謝している。
 少々感傷的になるが、ミッキーとの出会いがなければ、絶対に今の自分はない!

 ミッキーありがとう。山本光宏さん、本当にどうもありがとう。


 これからもこの心持を大切にして生きて行きたい。


 ミッキーをPR!
 ミッキーこと、山本光宏さんの情報はこちらです↓、
 山本光宏の講演依頼情報 



2006年9月12日

旅立ちの年齢なんて関係ない 〜キートン山田さん〜

 こんな風に歳を重ねられれば・・・


 私が理想とする歳の重ね方をされている方が、いらっしゃる。
 フジテレビのアニメ「ちびまるこちゃん」のナレーションで有名なキートン山田さんだ。


 キートンさんが、ちびまるこちゃんのナレーターに抜擢されたのが45歳のとき。

 30代前後のときに、アニメブームに乗り、一度は声優として絶頂の時期を迎えるも、アニメブームが去ると同時に、生活は急落。
 30代後半から40台前半にかけて最悪の時期を体験する。
 「40代前半といえば、会社に勤めていた僕の友人のほとんどが、まあそれなりにいい役職についていたよ。ほんとうに苦しかった。お金もそうだけど、自分のおかれている立場がね」
 お酒を口にしながら、語られたその言葉がほんとうに印象的だった。


kiton.jpg


 一念発起をされたのが38歳のときだったようだ。
 それまでは勉強もせずに自惚れて仕事をしていたことに気づき、心構えを変えられたそうだ。
 ただ、一念発起、心構えを変えたからといって、すぐに仕事が増えるわけでもない。それからもしばらくは、どん底の時期が続かれたようだ。ただ、どん底の時期にあった頃、初めてあることが見えたという。それは、「役をつかむためには、人間を磨かねば!」という真理だ。
 その真理をつかむと同時に、声優以外のあらゆるバイトもやめられる。
 そして2年後、運命の「ちびまる子ちゃん」に出逢う。
 
 そして今では、声優界の憧れの存在だ。

 
 人間いつの年齢が出発になってもいいのではないかと、私は思う。
 30歳であろうと、40歳であろうと、いや50歳であろうと。
 決意をした日がスタートなら、10年あとに成功をつかめばいい。
 それでいいと思う。

 
 とかく早期に成功をすることが持て囃される時代。
 ある程度の歳を重ねると、どうしても周りの目を気にしてしまう。当然の負い目かもしれないが、そんな方々に、キートンさんは、夢と勇気を与えてくれる。
 人間、そんなに急がなくてもいいのだよ、と。

 
 還暦を迎える1年前から、キートンさんはホノルルマラソンへのチャレンジを開始された。
 そしてそれは今年で3年目となる。
 さらに、パワーアップ! という印象だ。

 
 キートンさんのチャレンジはまだまだ続く、
 死ぬまで続くのかもしれない
 ・・・

 
 まるこちゃんでいうところの、
 後半につづく・・・、なのだ。

 
 
 ☆写真は、キートンさんの事務所近くで黒糖を一杯?(^^)、口にした後のワンショット!
  前から、キートンさん、中央が弊社MP部の鈴木ちづる、続いてキートンさんのマネージ
  ャー安部さん


 キートンさんの詳細プロフィールは、こちら(^^)↓
 キートン山田の講演依頼情報

  

 
 


2006年9月14日

二宮清純さん×佐野慈紀さん 

 今日は近日公開予定のワクワク対談情報です!!


 みなさんご存知のスポーツジャーナリスト二宮清純さんと、私が今非常に注目をしている元近鉄バファローズ佐野慈紀さんの対談が実現しました。
 

 二宮さんと直接お会いするのは3年ぶりぐらいだと思いますが、スポーツに対する情熱は全く変わらず、本当にスポーツが好きなんだなー、と再度実感させられました。
 二宮さんがスポーツを語っている姿は、子供が何かに夢中になっている時によく似ていて、見ていると、本当に吸い込まれていきます。
 そして佐野さんですが、2003年に引退をされ、今は野球解説者として活躍をされていらっしゃいますが、注目すべきはその思考です。日本で大活躍後、渡米し、大切なことに気づかされた、ということです。そのあたりは対談の模様と、幣社の佐野さん紹介ページを見ていただければよく、ご理解をしていただけると思います。


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 さて、今回の対談のテーマですが、「リーダーの条件」です。
 スポーツをこよなく愛され、かつ鋭い切り口でリーダー像を見つめる二宮さんと、故仰木彬監督を含め、現役13年間で9人の監督の下で野球を経験された佐野さんのお話は、私を含む当日のスタッフ全員を釘付けにしました。
 いやー、本当におもしろかったなー!

 講演依頼ドットコムで近日公開します。
 お楽しみに!!


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 すぐ上の写真は、当日の対談風景ですが、左から二宮さん、つづいて今回の進行役を務めさせて頂きました弊社MP部の上原深音、そして佐野さん、最後が今回のトータルコーディネーターをさせていただきました弊社営業部の木村愛です。
 弊社スタッフは後ろ向きでスミマセン・・・<(_ _)>。
 

 二宮清純さん、佐野慈紀さんの詳細情報はこちらまで↓
 二宮清純の講演依頼情報

 佐野慈紀の講演依頼情報


2006年9月21日

人間の深淵さ 〜村田兆治さん〜

 昨日、村田兆治さんの講演で、新潟に行ってきました。
 

 niigata.jpg


 村田さんとは6年のお付き合いになります。
 実は講演依頼ドットコムを6年前に創業した時の初めての仕事が村田さんだったのです。
 それ以来、かなりの講演をお引き受けいただき、親交も深めさせていただきました。


 村田さんからは、たくさんのことを学ばさせていただきました。
 成功は願うだけではいけない、確信するまで昇華させること
 他人からどう言われようとも、自分を信じる強さ
 いくつになっても自分の成長を追い求める、ロマン、
 など、挙げればきりがありません。


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 そんな多くの学びを集約させる言葉があるとすれば、”人間の深淵さ”だと私は感じています。
 深淵という言葉を辞書で引くと、こう書かれています。


 深いふち。


 大自然に横たわる深いふちに直面をしたときに、人はどんな思いにかられるでしょう。そこには畏敬の念、恐怖、好奇心と、人間の五感に大きく揺さぶりをかけてくる何かがないでしょうか。

 

 村田さんとはもう数え切れないほど会い、会話もひとつひとつの記憶など薄れてしまっているほど、させていただきました。
 しかし、今でも会うたびに、そのオーラに圧倒をされ、びびってしまいます。

 

 私事ですが、日々会社経営をしている中で、たまに臆病な風にさらされることがあります。
 そんな時に、村田さんを思い出し、「村田さんに出来て俺にできなはずがない。同じ人間なんだ!」と自分を鼓舞することがあります。


 
 それだけ、村田さんは多くの困難を越え、深淵さを身につけられているのです。

 これからも永くお世話になると思いますが、いつまでも遠い存在でいてください。
 そして「いつかは村田さんを抜いてやる!」という私の気概を、私にいつまでも抱かせてくれる存在でいてください。


 よろしくお願い致します!

 
 下記写真は、私が大推薦する村田兆治さんの著書「哀愁のストレート」


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 村田兆治さんに関する詳細プロフィールはこちらまで↓
 村田兆治の講演依頼情報

 

 

 


2006年9月26日

リクルートの遺伝子から学ぶ

 起業家の人たちに出身企業を聞くと・・・、リクルートです!ということの多いこと。
 

 これにはほんと驚かされます。
 

 何より、パワーと企画力が卓越していると思います。

 
 私は、元報知新聞社・・・、卓越しているものは何だろう・・・(笑)???


 リクルートの人たちと接していて感じることは、
 楽しく無ければ人生ではない、
 仕事は厳しく、でも盛り上がるときには徹底的に、
 常に新たなるイベントを企画、
 独立せねば人生ではない、
 チームワークを大切に、などなど。


 こういった、企業を常に活性化させる遺伝子が全社員に染み込んでいるように思います。


 私の体には、ジャイアンツ勝つべし!、という遺伝子が〜・・・(笑)


 ま、冗談として、とにかく企業に根ずく遺伝子とか社風というものの重要性を実感させられます。


 企業は”人”なりですね!


 講演依頼ドットコムは、その”人”の向上のお手伝いをさせていただいております。。。


 事業とは人の欲求に応えていくもの
 食欲、睡眠欲、名誉欲、安住欲、開放欲、などなど。
 ペルソンは、人の向上欲とか徳欲のような部分にうったえかけていくことを、事業の理念としております。
 


 さて、うちの会社にもリクルートの遺伝子が一部注入されております・・・!


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 写真左、元リクルートグループで研修系の優秀な講師でいらっしゃる篭池哲哉さん
    右、元リクルートグループで弊社専務の鈴木勝彦
    

    
    元リクコンビのふたりで今、企業向けの新たな研修プログラムを構想中!!!
    

    これは、かなり期待できます!!


    楽しみにしておいてください。。。


    篭池哲哉さん情報はこちらまで↓
    篭池哲哉の講演依頼情報

    忘れてはいけませんっ!元リク弊社専務のブログは↓
    鈴木勝彦的、人生見聞思候


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